まさかの指名依頼
マークス、ミリーナを伴ったシンノスケが自由商船組合に到着すると、窓口にいたリナが駆け寄ってきた。
何やら慌てた様子だ。
「シンノスケさん、ちょうどよかった。連絡しようとしていたんですよ」
「何かありましたか?」
首を傾げるシンノスケとミリーナ。
マークスまでが首を傾げているが、誰もツッコんだりしない。
「実は、シンノスケさん、というか、カシムラ商会に指名依頼が入ったんですよ」
「指名依頼?またグレンさんですか?」
そうは言うものの、グレン達であれば組合に指名依頼を出すと同時にシンノスケのドックに誘いに来る筈だ。
そもそも、グレンからの依頼ならリナはこんなに慌てたりしない。
「グレンさんの仕事じゃありません。・・・っと、ここでは詳しいことは説明出来ませんので、応接室に来てください」
リナは窓口にいるイリスに目配せをするとシンノスケ達を応接室へと案内する。
どうにもリナの様子がおかしい。
それでも、腕組みして首を傾げるマークスには誰もツッコまない。
リナに案内されて応接室に入ると直ぐにイリスが後を追って入ってきた。
何やら書類の束を手にしている。
端末によるデータのやり取りが当然である中での紙媒体の書類とは珍しい。
「で、私の商会への指名依頼とは?」
切り出すシンノスケに対し、リナは書類の束を持つイリスに頷いて見せ、イリスは持ってきた束の中から1枚の書類を取り出してシンノスケに手渡した。
「シンノスケさ・・・カシムラ商会への依頼は船団護衛依頼です。依頼主はヴィレット・インペリアル・トレーディング。リムリア銀河帝国の企業です。貨物船5隻を護衛して6325恒星連合を経由してリムリア銀河帝国帝都まで向かう行程の護衛です」
まさかのリムリア銀河帝国企業からの依頼だ。
確かにアクネリア銀河連邦とリムリア銀河帝国は緊張状態にあるが、国交が断絶しているわけではないし、民間企業レベルの取引も行われている。
しかし、リムリア銀河帝国企業がわざわざアクネリア銀河連邦の自由商人の護衛艦に護衛依頼を出すとはにわかには信じがたい。
しかも、シンノスケの商会への指名依頼ともなれば尚更だ。
「これは裏に何かあるのかな?しかも俺の船には亡命者のミリーナが乗っているしな・・・」
シンノスケは警戒するが、当のミリーナがそれを否定する。
「私のことを考慮する必要はありませんの。ダムラ星団公国を併合し、帝国領が一気に拡大した今、最優先は皇帝の支配を盤石にすること。他国に亡命してその国に根を下ろした私のことなんて眼中にありませんわ。それに、今回の依頼主のヴィレット・インペリアル・トレーディングはご多分に漏れず帝国の資本が入った企業ですけど、その資本率は僅かに8パーセント程。帝国内じゃ取るに足らない弱小企業ですのよ」
ミリーナの説明によれば、リムリア銀河帝国の企業の多くには帝国政府の資本が入っており、それらの企業は少なからず帝国政府の影響があるらしい。
その資本投下率はそれぞれだが、資本率の高い半官半民企業は帝国政府の管理が厳しい反面、帝国国内や友好関係にある国での取引が優先され、優遇されている。
一方でヴィレット・インペリアル・トレーディングのように資本投下率の低い企業はそういった優遇措置もなく、自社努力にて実績を挙げなければならない。
「今回、ヴィレット・インペリアル・トレーディングの船団は空荷でこのサリウス恒星州に来て、精密機械等を仕入れ、6325恒星連合国で別の工業機械やレアメタルを仕入れて帝都に帰る予定だそうです」
そういうことならサリウス恒星州の自由商船組合で護衛艦を依頼するのも理解できる。
「つまり、空荷での往路は護衛艦をつけず、荷物を積み込んだ復路のみ護衛艦を雇う。要は護衛料を節約したというわけだな」
「そういうことですわね。弱小企業の生き残りが厳しいのは帝国でも同じ。経費削減は最優先の死活問題ですわ」
シンノスケとミリーナの話を聞いてリナも頷く。
「そういった経緯もあり、今回カシムラ商会への指名依頼となったわけです。これも特にカシムラ商会に、というわけでなく、リムリア銀河帝国内でも業務可能な資格を持ち、複数の護衛艦を出せる商会がシンノスケさんの商会しかなかったんです」
つまり、是が非でもシンノスケの商会でなければいけないわけではなく、この依頼に直ぐに対応可能なのがたまたまシンノスケ達だったというわけだ。
「どうしますか?指名依頼といっても断ることもできますが・・・」
リナもイリスも心配なのだろう。
依頼が出されたのだから取次ぎはするものの、あまり積極的ではないようだ。
報酬を見ても相場に少し上乗せした程度で、それほど旨味のある仕事でもない。
それでありながらどうにも気になる点がある。
シンノスケは核心を突いた。
「今更なんですが、何で紙媒体の依頼なんですか?」
シンノスケの疑問にリナもイリスも深く頷く。
「そこなんですよ。確かに組合での手続きは書面によるものも受け付けてはいますが、今時データでなく書面の提出なんて殆どありません。私達も初めての経験で手続きに手間取りましたし、組合長も今までに2、3回しか見たことがないと言っていました」
紙媒体の手続きが必要である原因はいくつか思いつくが、今回の依頼に関して見ればシンノスケとしては1つしか思い当たらない。
即ち、秘密の保持だ。
自由商船組合のデータベースは非常に高度なセキュリティで守られているが、それが完璧であるかというと決して完璧ではない。
何事にも例外や想定外の事態は発生するものだ。
それは紙媒体も同じであるが、書面による手続きだと、データとして入力されるのは必要不可欠の大まかな内容だけで、詳細は書面のまま組合の書庫に厳重に保管される。
データベースなら高度な技術をもってすれば外部からの侵入も決して不可能ではないが、組合の書記に保管されている書類を確認するためには24時間開いている組合に物理的に侵入し、強固なセキュリティをこれまた物理的に破る必要があり、こちらも完全に不可能だとは言わないが、現実的には非常に困難だ。
「リムリア銀河帝国関連の仕事で秘匿性のあるものか・・・荒事になるかな?」
シンノスケに問われてマークスとミリーナが頷く。
「マスターがそう言うならばそうなるでしょうね」
「シンノスケ様自身がそういう運命を引き寄せるんですわ」
シンノスケも腕組みして思案する。
「フラグというか、運命なんてものはどうでもいいが、貨物船5隻に護衛艦3隻となれば、完全に襲撃ありきの備えだよな」
どう考えても嫌な予感しかない。
「どうしますか?断りますか?」
心配そうなリナとイリスにシンノスケは頷いてみせる。
「この依頼、受諾します」




