忙しい1日
早速、新しいドックへの引っ越しが始まった。
複数の護衛艦を持つ商会の引っ越しともなれば相応の大仕事だと思われるが、実はそんなことはない。
シンノスケをはじめとした古参のクルーはフブキやツキカゲの艦内に居住していたため、私物の類はそれぞれの艦内にある。
採用されて日の浅いアッシュ達3人も今のところは最低限の私物を持ち込んでいるだけなので引っ越しの手間は掛からない。
加えて、今までのドックは殆ど使っていない事務所があるだけなので、事務所の片付けをしたら新しいドックに船を移動するだけで引っ越しは完了だ。
新しいドックへのフブキとツキカゲの移動の手はずをミリーナやアンディ達に任せたシンノスケはマークスとセイラを連れてサイコウジ・インダストリーを訪れた。
「お待ちしておりましたカシムラ様」
「ハンクスさん、今日もよろしくお願いします」
ハンクスに出迎えられて応接室に通された3人。
今日はデータ収集の完了したヤタガラスの引き取りと、ツキカゲが回収してきた船の残骸についての商談だ。
「早速、ヤタガラスについてですが、大変貴重な実戦データを収集していただきましてありがとうございます。エンジニア達が大喜びしていましたよ」
「それはよかった」
「とりあえずヤタガラスのデータ収集は一段落ということで、カシムラ様にお引き渡しいたします。今後は定期的な点検整備時のデータ回収と、特異なデータ収集が出来た時の提供をお願いします」
「分かりました。今後もよろしくお願いします」
予定よりもかなり早いがデータ収集が完了したということで、今後はヤタガラスを通常に運用できることになった。
ヤタガラスの件についてはこれで一段落だ。
「さて、次にアンディさんのツキカゲが回収してきた船の残骸についてです。お引渡しいただいたエンジンの残骸と外装を調べてみたのですが、確かに6325恒星連合国のEZ25ヘビー・エレクトロニクス社製のものに間違いありません。おそらく未だ開発中の最新鋭ステルス艦だと思われます」
「やはりそうでしたか。すみません、事情が事情ですので、サイコウジ・インダストリーのみに提供するわけにもいかず、他社にも売却することにしました。申し訳ありません」
詫びるシンノスケに対してハンクスは首を振る。
「申し訳ないなんて、とんでもありません。お聞きしている事情ならば全ての残骸を当社だけに売却するのはリスクが高すぎるでしょう。外装の一部とマスターシステムはスライク・エレクトロニクスに、他にもピレニーFCにも外装や通信システム等を売却する予定だとか?正直申し上げれば全て当社で引き受けたかったのですが、これは仕方ありませんよ」
他国企業の最高機密をサイコウジ・インダストリーだけに売却すると後日になってEZ25ヘビー・エレクトロニクス社が難癖をつけてきた時に面倒なことになる。
だったらそのリスクを分散した方が良いと考えたシンノスケだが、サイコウジをはじめとした他の企業もリスクを承知の上でシンノスケの提案に飛びついてきたのだった。
尤も、シンノスケはそのリスクが現実のものになる可能性は低いと踏んでいる。
「まあ、面倒なことにはならないと思いますけどね」
シンノスケの考えにハンクスも同意する。
「そうでしょうね。他国の軍の高官と癒着した挙げ句、最高機密の塊の貴重な船を失い、その残骸をはじめとした各種データが他国の複数の企業の手に渡ったのです。これが公になればEZ25ヘビー・エレクトロニクス社は下手をしなくても会社そのものが傾きます。向こうとしては何としても隠し通したいでしょうね。・・・しかし、この一件でどれ程の者の首が飛ぶのか、他国の他企業のこととはいえ、ゾッとしますね」
そんなことを言うハンクスだが、シンノスケに対して提示する買取価格を確認しながらのことなのでまるで真剣味がない。
その後、ハンクスから残骸の買取価格が提示されたのだが、事前に他の2社と申し合わせをしていたのだろう、他の2社からもハンクスを通して買取価格を提示された。
その金額合計は途轍もない高額であり、シンノスケの横で聞いていたセイラが目を回しそうになった程だ。
攻撃を受けたとはいえ、正当防衛の反撃で撃沈した船の残骸を拾ってきただけでの大儲けなので、シンノスケは価格交渉すらする気が起きず、提示額での取引成立と相成ったのである。
サイコウジ・インダストリーでの取引を終えたシンノスケ達がヤタガラスを新しいドックへと回航して戻ってきたところ、ミリーナ達もフブキとツキカゲの回航とその他の引っ越しも完了しており、ついでにリナとイリスの引っ越しまでが完了していた。
皆が私物の整理等をしている間、ドックに並んで停泊しているヤタガラス、フブキ、ツキカゲの3隻を感慨深げに見上げるシンノスケとマークス。
「壮観だなマークス」
「そうですね、マスター」
「2人で始めて、ここまで来たか。思えばあっという間だったな」
「そうですね・・・」
「これからも・・・」
「マスター、ちょっとお待ち下さい」
「ん?何だ?」
「134話程前にも同じような会話をした記録が・・・」
「あっ?134話って、なんだそれ?マークスお前、誤作動でも起こしたか?」
「いえ・・・。それよりも、会話の流れが・・・何というか、最終回が近いとか、何かの布石のような雰囲気が・・・」
「何をわけの分からないことを言っているんだマークス」
「さあ?言っている私にも分かりません・・・」
意味の無い不毛な会話を交わすシンノスケとマークス。
そんな2人を背後から覗き込んでいるはミリーナ、セイラ、リナの3人だ。
「シンノスケさん達、一体どうしたんですか?」
首を傾げるリナ。
「よくわからないんですが、シンノスケさんはマークスさんと2人になると意味のないような会話をずっと続けることがあるんです」
「ああなると2人の間に割り込めませんわ。なんだかちょっと不気味ですわ」
そんな3人の声はシンノスケとマークスには届いていない。
「何にせよ、俺達の物語はまだ終わらないぞ!」
「そうですね・・・」
シンノスケ達の物語どころか、今日という日がまだ終わっていない。
新しいドックに来客を告げるインターホンが鳴った。
『ようっ!シンノスケ、俺だ!』
インターホンの画面一杯に映るのはグレンの顔。
忙しい1日はまだ終わらない。




