ドキドキの初仕事2
「敵船2隻に対して警告砲撃を行う」
シンノスケは進路を塞いでいる敵船2隻の間の空間に主砲の照準を合わせた。
どちらの敵船にも当たらないが、牽制するには絶妙な位置だ。
「敵船に変化無し」
「了解、最大出力で砲撃する!」
マークスの報告を受けたシンノスケは主砲の出力調整用スライダーを最大位置に上げてトリガーを引く。
ケルベロスの艦首に装備された主砲から白く眩いばかりのビームが放たれ、敵船2隻の間の空間を撃ち抜いた。
ギリギリを撃ち抜いた砲撃に臆したのか、敵船が左右に開いて距離を取り始める。
「敵船、左右に散開、進路が開きました。但し、敵船は一定の距離を保っており、未だに火器管制レーダーを照射しています。戦意は喪失していない模様」
「了解、主砲と速射砲で2隻をロックオンする。これで諦めなければ撃沈するぞ」
ケルベロスの2つの首、主砲と速射砲がそれぞれの目標に狙いを定めた。
敵船はまだ武装の射程に入らないのか、レーダー照射を続けているが攻撃してくる素振りはない。
今ならアウトレンジからの一方的な攻撃が可能だ。
モニターに表示される敵船の姿とそれをロックオンする赤いマーカー、そしてブリッジに響く警報音。
初めての実戦の雰囲気に呑まれたセイラは言葉を発するどころか、物事を考えることすら出来ない。
それでいて先ほどまでの早鐘のような心臓の鼓動が収まっている。
まるで心臓が止まってしまったかのような感覚だ。
目の前の現実が現実として受け入れられない。
もしや自分は夢の中にいるのではないか、と妙な感覚に襲われたその瞬間だった。
「敵船火器管制レーダーの照射を止めました。回頭して急速離脱に入りました」
マークスの声で我に返るセイラ。
気付けばブリッジに響いていた警報も止んでいる。
「よし、諦めたようだな。だが、まだ気は抜けない。現在の警戒態勢を維持したまま進むぞ」
シンノスケの言葉と、オリオンと通信をするマークスの声。
それらを耳にしてセイラは目の前の脅威が去ったことに気づいた。
そして、この僅かな間に何が起きたのかを理解すると、突如として素朴な疑問が浮かんでくる。
「あっ・・・あのっ。こっ、このっ、まま海賊を逃がしてしっ、しまってもいいんですか?」
喉が渇いて上手く話せない。
それでも海賊を見逃してしまうのか、という疑問と、このままこの宙域から逃れたいという願望が交錯する。
「確かに海賊を逃すとまた別の船を襲うだろうから後が厄介だ。本来ならば捕縛するなり、撃沈してしまうべきだが、現在の我々は護衛任務中なので、海賊退治より護衛対象の安全確保の方が優先だ。さっきの警告で逃げ出してくれたから余計な戦闘を避けられたことだし、まあ上出来の部類だな。確かに、目の前の2隻をロックオンした時に撃沈する手もあった。しかし、あの連中には先の囮を含めて他に仲間がいた可能性がある。こちらから攻撃して連中の攻勢を誘い込んでは面倒だから、警告で逃げ出してくれた方がこっちとしてもありがたいんだ」
シンノスケの説明を聞き入るセイラ。
「でも、そうすると後で他の船が危険な目に遭うかもしれない、ってことですよね。・・・あっ、すっ、すみません」
セイラ自身が海賊に襲われた経験があるが故に自然と出た言葉。
決して海賊船を逃したシンノスケに対する非難ではないのだが、セイラは自分の不用意な発言を後悔した。
だが、シンノスケにしてもセイラに非難されたとは思っていない。
「セラの言うとおりだが、我々は軍隊でも沿岸警備隊でもない。俺も以前は宇宙軍に所属していたから思うところもあるが、今は護衛艦持ちの自由商人だ。中には海賊狩りをして賞金稼ぎをする者もいるが、我々が優先すべきは契約で定められた任務を全うすることで、今回の仕事はオリオンを守ってガーラ恒星州にたどり着くことだけだよ」
護衛艦業務は海賊船と戦って排除しながら護衛対象を守るものだと思っていたのだが、それは誤解だった。
依頼の内容によっては海賊を倒すことは後回しで、余計な戦闘は避ける。
むしろそのようなケースの方が多いのだ。
シンノスケの説明に納得し、今回は一触即発の状況ではあったが、戦闘を避けられたことに安堵しつつ、そう遠からず来るであろう命懸けの戦いに背筋が寒くなるセイラ。
しかし、不思議なことに自分が護衛艦に乗り込んだことを後悔する気持ちはわき上がらなかった。
「とりあえず当面の脅威は去った。セイラも疲れただろうから、現時刻から6時間の休息に入っていい。冷や汗をかいただろうからシャワーでも浴びて休んでくれ」
実際のところセイラは何もしていない。
目の前で進行している出来事にドキドキ、ハラハラと緊張していただけだが、心も体もぐったりと疲れ切っていたので休息を貰えるのはありがたい。
「はい。あっ、あの、休ませていただきます」
そう言って立ち上がったセイラだが、ブリッジの外に向かい歩き出して3歩目、突然膝に力が入らなくなってその場に尻もちをついた。
「キャッ・・・あっ、あれ?」
「大丈夫か?」
突然座り込んだセイラにシンノスケは声を掛けるが、駆け寄って抱き上げてやることまでは気が回らない。
その間にセイラは壁に手をつきながら自分で立ち上がる。
「だっ、大丈夫です。あのっ、ちょっとびっくりしたみたいで、膝が笑っちゃって・・・。すみません、大丈夫です」
震える膝で壁伝いにブリッジを出ていくセイラを見送ったシンノスケが呟く。
「手を貸してやった方がよかったかな?」
「・・・手遅れです。判断が遅いです、マスター」
シンノスケはマークスの言葉は聞こえないことにした。
海賊船との遭遇以後は何も起こることなく順調に航行し、4日後、ケルベロスとオリオンは当初の予定どおり目的地であるガーラ恒星州のコロニーに到着した。
こうして見習い通信士セイラの初仕事は無事に終了したのである。




