2人のドール
シンノスケが拘束され、尋問を受けているその時、軍警察分署に向かい、歩く者がいた。
1人は軍用ジャケットと作業ズボン姿のメカメカしいガチメカボディのドール。
もう1人はエプロンドレス、所謂メイド服に頭部にはうさ耳型のセンサーを装着している女性型ドール。
マークスとマデリアだ。
2人はシンノスケを救い出すべく軍警察分署に向かっている。
シンノスケが軍警察に逮捕されたとの報が知れ渡るとミリーナやセイラをはじめとする商会のメンバーは勿論、自由商船組合のリナや自由商人のザニーやダグ達、果ては採掘業者のグレン達までが怒りを覚えると共に、シンノスケ救出のための行動を起こそうとした。
しかし、宇宙軍警察隊の理不尽な要求に対して、シンノスケは皆を守るため、たった1人で責任を負うべく何の抵抗もすることなく逮捕に応じた事実、相手が宇宙軍という強大な組織であることの懸念、そして、シンノスケの性格ならそんなことは望まないだろうという確信から皆が自重することを決めた。
しかし、ドールであるマークスとマデリアは違う。
ドールである2人は管理責任者である所有者の命令に基本的には逆らうことはないが、数少ない例外として所有者を守るためには自己判断で命令に反することがある。
それが所有者、ひいてはドール自身を守ることになるのだ。
そして何より、マークスもマデリアもシンノスケから『シンノスケを救出してはいけない。宇宙軍警察隊と敵対してはいけない』という具体的な命令を受けていない。
それを拡大解釈し、2人は自分自身の判断で『マスター』を、『ご主人様』を迎えに行くことにしたのだ。
無論、平和的に迎えに行くつもりである2人は重武装で街中を歩くような物騒なことはしない。
マークスは大型のブラスターと近接戦闘用のナイフを装備しているし、マデリアに至ってはメイド服の中にコンバットナイフ等の凶悪な武器を多数忍ばせている。
重火器などなくとも物騒な2人だ。
そんな2人がシンノスケの救出に行くことをミリーナだけは勘づいていたが、2人を止めようとも、自分もついて行こうともせず
「2人共気をつけなさい。無茶をしてはダメですのよ」
の一言で送り出したのだった。
間もなく分署に到着するというところで2人の前に情報部のセリカ・クルーズ少佐が現れた。
「何処に行くのかしら?」
「貴女に答える必要はありません」
マークスの返答に少佐は肩を竦めながら笑みを浮かべる。
確かにマークスの言うとおり、答える必要はない。
わざわざ聞かずとも2人の目的を知っているからだ。
それでも少佐はあえて声を掛けた。
「宇宙軍とことを構えるつもり?」
「そのような意図はありません。私達はマスターとの面会と身柄の引き渡しをお願いしに行くだけです」
「同じことよね」
「止めようとしても無駄です。邪魔をするならば・・・」
「邪魔なんてしないわ。好きにしなさい。ただ、1つだけ忠告しておこうと思ってね」
「忠告、ですか?」
「ええ。貴方達が何をしようと別に構わないけど、相手を殺すのは止めておきなさい」
「それは相手次第ですね。私達は平和的にお願いするつもりですが、それが聞き入れなければ強硬手段に転じることに躊躇はありません」
少佐はマークスを睨みつけた。
「それでも手加減しなさい!分署に居る15人程度が相手なら造作もないでしょう?死者さえ出さなければその後のことはなんとかしてあげるわ」
「・・・分かりました。善処します」
言い残すとマークスとマデリアは再び歩き出す。
「まあ、殺しさえしなければ別に何をしても構わないわよ。腕の2、3本を切り飛ばしてもね」
「腕が3本以上ある人種を私は知りません。せいぜい1、2本にしておきます」
少佐は2人を見送るとその場を離れ、今後必要になるであろう後始末のための行動を開始した。
分署に到着したマークス達は入口で警戒に当たっていた2人の隊員に声を掛ける。
「こちらに逮捕、勾留されているシンノスケ・カシムラとの面会と釈放のお願いに参りました。取り次ぎをお願いします」
マークスの申し出に隊員の1人が腰のブラスターに手を伸ばすが、マークスの方が速い。
最大限に手加減した拳が隊員の顎を捉え、悶絶した隊員が崩れ落ちる。
もう一方の隊員に至っては銃に手を伸ばそうとする間もなく、首筋にマデリアのコンバットナイフを突きつけられ、身動きどころか、声を発することすらできない。
初っ端から平和的解決への道は瓦解したのである。
マークス達が面会の受け付けをしようとしていたその時、ラングリット准将がシンノスケが尋問を受けている取調室に踏み込んできた。
「貴様は多くを知りすぎたな!」
「?・・・貴方がラングリット准将ですか?直接お会いするのは初めてですね」
ブラスターを向けられても余裕の表情を崩さないシンノスケ。
手錠を掛けられたまま、武器もなく万事休すの状況で内心ではビビりまくりだ。
「貴様が宇宙軍にいた時から何度邪魔をされたことか、本当に忌々しい。今回も計画を邪魔しただけでなく、虎の子のあの船まで沈めおって」
「私は准将の邪魔をしたつもりはありませんよ。勝手に邪魔をされたそちらの方に原因があるのではありませんか?」
まるで陳腐な悪役のセオリーに従っているかのように聞いてもいないことをペラペラと喋るラングリットと、圧倒的不利な状況の中、時間稼ぎのために煽り倒すシンノスケ。
「まあ、この場で貴様を始末すればやり様はある。面倒だが、貴様を始末して仕切り直しだ」
「仕切り直しですか・・・。そう上手くいきますかね?准将、貴方は既に詰んでいるのではありませんか?」
「つまらん強がりを言うな」
「いや、強がりではなくてですね、私が沈めたあのステルス艦、6325恒星連合国のEZ25ヘビー・エレクトロニクス社製のものですよね?帝国資本の入った企業との取引なんて重大な規律違反、軍法会議ものですよ」
シンノスケの言葉をラングリットは鼻で笑う。
「ふん、そんなもの、証拠が無ければどうとでもなる。証拠は宇宙の塵と化したし、証人も直ぐに消える」
「まあ、そうなんでしょうけど、軍法会議よりもっとマズいことになると思うんですよ」
「何を言っている?」
「いえね、私があのステルス艦を撃沈した後に、私の商会の僚艦が沈めた艦の破片等を回収しているんですよ。法と規則に従えばあの破片の所有権は不法に攻撃を受け、正当行為により撃沈した私にありますからね。ステルス素材の外装やエンジン、マスターシステムのデータまで、色々と回収できました」
ラングリットの顔色が変わる。
「なんだと・・・」
「それでですね、そんなに貴重で重要な船だとは分からなかったんで、証拠品として沿岸警備隊に提出した以外は既にあちこちに売り飛ばしてしまいましたよ。これってマズかったですよね。ステルス艦の外装やエンジン、マスターデータなんて機密の塊、他国の企業に流出させたら良くて損害賠償、下手すると命を狙われるんじゃありませんか?勿論准将の命が」
「きっ、貴様あっ!」
ラングリットがシンノスケに向けてブラスターの引き金を引いたその瞬間、シンノスケは目の前の机をラングリットに向けて蹴り飛ばした。




