尋問
逮捕されたシンノスケは軍警察隊本部ではなく、分署へと連行された。
軍警察隊は情報部と同様に宇宙軍総司令部の直轄組織であり、サリウス恒星州に司令部を置く第2艦隊に所属しているわけではない。
それでも、一応は艦隊に派遣という形式で配属されており、第2艦隊派遣の部隊も第2艦隊司令部に本部を置いているが、シンノスケが連行された分署は軍警察隊の任務の特殊性から秘匿捜査を行う必要がある際に使用される艦隊司令部の目の届かない危険な場所だ。
そんな場所に連行され、窮地に立たされたシンノスケだが、初日は身上確認等の簡単な聴取が行われたのみで、そのまま独房へと勾留された。
シンノスケは目の前に置かれた食事を見ている。
パンに野菜のスープ、ソーセージが2本とチーズ1切れに水が添えられたひどく質素な食事だが、シンノスケは手をつけようとしない。
(・・・多分水だろうが、他のものも危険だ)
シンノスケは食事に毒が盛られていることを警戒している。
そしてその疑念は真実でもあった。
今回のシンノスケに対する逮捕容疑ではどう考えても法的な処罰を科すことはできない。
罪をでっち上げようにも、宇宙軍艦艇を不当に攻撃して撃沈し、乗組員を死亡させたという容疑では罪が重すぎて正式な記録が残る司法裁判で裁くことは軍警察にとってもその背後にいる黒幕にとっても都合が悪い。
だとすれば、敵が取るべき手段は限られてくる。
今は食事はおろか、水すらも口にすることができない。
「食べないなら下げるぞ!」
事情を知っているのか、知らないのか、看守が食事に手を付けようとしないシンノスケに声を掛ける。
「構わない。ただ、取り扱いには注意しろよ。勿体ないからとつまみ食いするんじゃないぞ」
「?・・・何を言ってるんだ?」
看守はシンノスケから食事を取り上げた。
どうやらこの看守は食事に毒が盛られているであろうことを知らないようだ。
シンノスケを毒殺した後に犯人に仕立て上げてその責任を背負わされる、切り捨て要員なのだろう。
(最大で3日、その前に勝負を決める必要があるな)
人は水なしでは4、5日で死亡する可能性があるが、その前に理性を失ってしまう可能性もある。
自分自身の命と、事情を知らない看守の身を守ったシンノスケは体力を温存するために毛布に身を包むと目を閉じた。
食事もそうだが、今夜はゆっくりと眠れないだろう。
翌日、本格的な尋問が始まった。
椅子に座らされ、手錠を掛けられたままの違法な取り調べだ。
「貴様が艦長を務める護衛艦フブキが宇宙軍艦艇を撃沈し、乗組員15名が死亡した。この事実に誤りはないか?」
「否認します。国際宙域で識別信号を発していない所属不明艦から通告無しの攻撃を受けたので正当防衛行動を行っただけで、それは何の法にも違反していない正当行為です」
「貴様が所属不明艦と言っているのが宇宙軍の艦艇であり、民間船を追跡、攻撃しようとしている武装艦を発見し、やむなく攻撃を仕掛けざるを得なかったということだ」
取調べ官の言葉を聞いたシンノスケは肩を竦めた。
「それは全くの虚偽です。あの時私が指揮する護衛艦フブキは救難信号を発信しながらエンジェルⅤの追尾を行っていましたが、あの時点では攻撃態勢は取っていませんでした。これはフブキの航行データにもしっかりと記録されていますし、このデータは沿岸警備隊をはじめとした関係各所にも提出してあります。その後の結末、つまりエンジェルⅤが犯罪船であった事実とエンジェルⅤの乗組員等を検挙した経緯を鑑みれば私の行動の正当性は明らかです」
淡々と答えるシンノスケだが、その内心はほとほと呆れ返っている。
尋問が尋問になっていないのだが、これはある意味で危険な状況だ。
ラングリット准将はシンノスケの尋問の様子を分署の別室でモニター越しに見ていた。
「そうか、食事も水も口にしないか・・・」
「はい。時間を掛ければ飢えと渇きに耐えられなくなるでしょうが、我々としてもそう時間を掛けることはできません。奴の言うとおり、奴の行動に瑕疵はありませんし、重要なデータを沿岸警備隊や商船組合に提出されています。奴を抹殺するにしても早くしないと後手に回ってしまいます」
軍警察隊の子飼いの手下から報告を受けたラングリットは腕組みをしながらため息をつく。
「しかし、いくらなんでも直接殺傷するわけにはいかん。あくまでも自然死でないと。そのために貴重な薬品を用意したのだがな」
「はい。最悪、自殺という手もありますが、なるべく避けたいところです」
「そうだな。茶番のような尋問だが、時間稼ぎにはなる。あのまま続けさせろ」
「分かりました」
この時のラングリットは確かに焦りを感じていたが、それでも予定どおりに事を運んで全てを闇に葬れると思っていたのである。
シンノスケに対する尋問は2日目を迎えた。
食事を採らないのはまだ問題ないが、水も口にしていないので、体の不調を自覚しており、シンノスケ自身も追い詰められている状況だ。
それでも不調を悟られるわけにはいかない。
「貴様が沈めた艦は軍のある部署で運用試験中の特殊任務艦だ。識別信号を発しなかったのもそのためだ」
「だからといって警告なしに攻撃を仕掛ける理由はないでしょう?それに、あの船が宇宙軍所属の艦艇だったとは俄には信じられません。あんな艦が宇宙軍にあるはずはありません」
「詳しいことは機密だが、先に説明したとおり、あれは特殊任務艦だ。貴様が知らないのも当然だ」
ここでシンノスケは反撃に転じた。
「知らないのではなく、宇宙軍に配備されている筈がないということです。あれは6325恒星連合国のEZ25ヘビー・エレクトロニクス社製の軍用艦艇の形状に酷似しています」
「宇宙軍では6325恒星連合国製の軍用艦艇を多数配備している。他国製の艦だとしても何も不自然な点は無い」
「それでもあり得ないんですよ。EZ25ヘビー・エレクトロニクス社は6325恒星連合国の企業ですが、リムリア銀河帝国の資本が入っている合同企業です。帝国の息がかかっている企業の船を宇宙軍が運用することはあり得ません。もしも、宇宙軍で運用していたのならば、本来取引をする筈のない国外企業と内通している者、それも軍の高官がいるということです。軍警察はその件について捜査すべきではありませんか?」
シンノスケは取調べ官を睨みつける。
その迫力に軍警察の取調べ官が気圧された程だ。
その様子を見たラングリットは立ち上がった。
「まずいな・・・これは、なりふり構っている状況ではなさそうだ」
ラングリットの手にはブラスターが握られていた。




