毒蛇の牙
ミリーナとセイラが自由商船組合に到着すると、2人より先に組合に来ていたマークスがリナと話をしていた。
「あっ、ミリーナさん、セイラちゃん。たった今、マークスさんからある程度の事情を聞いたところです。・・・で、シンノスケさんは?」
尋ねるリナの表情はいつになく険しい。
「シンノスケ様は、軍警察隊に逮捕されましたわ」
シンノスケが逮捕されたことを伝えながらフブキのマスターデータをリナに差し出すミリーナ。
それを聞いたマークスが頷く。
「やはりそうなりましたか。マスターの予想どおりですね」
元々感情の無いマークスだが、シンノスケ逮捕の事実を聞いても動揺は見られない。
シンノスケがマークスに別行動を命じた時点で、2人共ある程度は予測していたのだろう。
一方、ミリーナの言葉を聞いたリナは縋るようにセイラを見たが、セイラが無言で頷くとマークスとミリーナが提出したフブキとツキカゲデータを端末に読み込ませ、その内容を確認する。
「・・・そうですか。私もシンノスケさんが事前に航行データを送信してくるなんて変だと思っていたんです。分かりました、私も覚悟を決めました!マークスさんとミリーナさん達から受け取ったこのデータ、組合長には事後報告とした上で、私の判断で沿岸警備隊等の関係各所に提供してしまいます。その結果、組合と宇宙軍との間に何等かの軋轢が生じることは間違いありませんし、私も処分の対象となるかもしれません。でも、そんなことは構いません。もしも組合をクビになったらシンノスケさん達の商会で雇ってくださいね」
その目には怒りと決意、そして覚悟の炎が宿っていた。
その頃、宇宙軍第2艦隊司令部では第2艦隊司令アレンバル宇宙軍大将の下に情報部のセリカ・クルーズ少佐がシンノスケが逮捕された件について報告に訪れていた。
「そうか、カシムラ元大尉が逮捕されたか・・・」
報告を聞いても然程驚いた様子もないアレンバル大将。
「はい。ラングリット准将の息のかかった軍警察隊の一部の部隊が動きました」
「本当に准将は優秀な男だな。軍警察にまで手駒がいたか。しかし、慎重な准将にしては今回の件はかなり強引だな」
「はい、今回の一件は准将も相当追い詰められたのでしょう。准将が性急にことを運んだ結果、今回の越権行為と不当逮捕について、初めて准将の責を問えるだけの証拠を掴みました。准将の悪事を暴く足掛かりになるかと思います」
クルーズ少佐の言葉を聞いたアレンバル大将は首を振る。
「准将のことだ、本件についての責任は問えるかもしれないが、それ以上は難しいかもしれんぞ。それよりも、カシムラ元大尉が謀殺される可能性の方が高い」
「はい。いくら強引にことを運んでも今回の不当逮捕の事実でカシムラさんを正式に罪に問うことは無理です。おそらくは、身柄を拘束しておいて、その後に何等かの不慮の事故が起きる、というシナリオなのかと・・・。だからこそ、カシムラさんを救うためにも我々も多少強引にでも行動すべきだと判断します」
しかし、アレンバル大将はその進言を受け入れない。
「不要だ。カシムラの元大尉のことは放っておいてかまわん」
「まさか、彼を見捨てろと?」
珍しく怒りの表情をうかべて睨みつけるクルーズ少佐に対し、肩を勧めて笑うアレンバル大将。
「いや、そうではない。奴なら自分で何とかするということだ。少佐、私が以前、カシムラ元大尉について何と例えたか覚えているか?」
「はい、牙を隠した毒蛇だと・・・」
「そうだ。ラングリット准将は本当の意味で毒蛇を敵に回したということだ。少佐が手を出さずとも、放っておいても破滅するさ」
「准将は毒蛇の尾を踏んだということですか?」
ニヤリと笑うアレンバル大将。
「毒蛇の尾を踏む。よく使われる比喩だが、そんな生やさしいものではない。そうだな・・・准将はそれが毒蛇と知らずに素手で捕まえて、あまつさえそのまま懐に入れた。というところかな。強力な毒牙で喉元を噛まれるぞ」
アレンバル大将はラングリット准将が破滅への道を踏み出したことを確信していた。




