ドキドキの初仕事1
ガーラ恒星州までは約1週間の行程だが、空間跳躍や超高速航行が可能な箇所が限られており、その殆どを通常航行で進む必要がある。
宇宙海賊の被害が多い宙域ではないが、かといって全く無いわけでもない。
特に、今回の護衛対象であるオリオンのように貴重な物資を運送する貨物船が襲われた記録があり、油断はできないのだ。
今回の護衛対象の貨物船オリオンは全長は200メートルにも満たないが、船内に2000トンの貨物を積載可能な他に、オープンデッキのカーゴスペースに多数のコンテナを積載し、総量5000トンの貨物を運ぶことが可能な中型の貨物船だ。
「今回の護衛対象のオリオンが所属するラングルド商会はあまり良い評判がありませんね」
マークスの説明のとおり、オリオンが所属しているラングルド商会は大型貨物船4隻、中型貨物船8隻を有する商船組合の中では大手の商会だが、決して評判の良い商会ではない。
事業規模であれば自由商船組合に加入せずとも独立経営でも成り立つのだが、ラングルド商会は敢えてそうしないらしい。
自由商船組合は基本的に加入する組合員の会費や依頼を仲介する際の仲介手数料等で組織を維持しているが、組合に加入できるのは一定の規模以下の商会や個人事業者だけだ。
大企業の組織力に対抗できない中小規模の商人の集合体であり、大企業が手を出さない仕事を請け負う隙間産業のようなもの。
それが自由商船組合なのだが、組合員であるが故の優遇措置があるため、制度の抜け道を使って敢えて組合に加入し続けるラングルド商会のような商会があることも現実だ。
「まあ、色々と噂は聞くけど、あからさまに規則を破っているわけでもないしな。むしろ自分の商会の利益のためにあらゆる手段を取る。レイヤード商会もそうだが、ある意味では商人として正しいのかもしれないな」
「マスターは見習いたいですか?」
「いや、俺はまだその境地にたどり着けていないよ。それにセラが仲間になったばかりで阿漕な商売は出来ないしな。まっ、俺達は俺達で地道にやっていこう」
シンノスケとマークスのそんな軽口も通信システムに集中しているセイラには届いていない。
実際には目的地に向かっての航行が始まれば護衛対象の船との通信の機会はそれほど多くないのだが、初めての仕事でいきなり通信を任されたため、まるで余裕がないのだ。
ガーラ恒星州までは約1週間、緊張しっぱなしでは体力と精神力が維持できるわけがない。
マークスと違い、生身のシンノスケやセイラが1週間もの間、24時間体制でケルベロスを運用することは不可能で、休息を取ることは必然である。
護衛任務中、艦長であるシンノスケはブリッジを離れることはないが、休息時にはマークスに艦の航行を任せてブリッジの隅に置かれた仮眠用ベッドでしっかりと休む。
場合によっては6時間程休むこともあり、最早仮眠ではなく普通の睡眠である。
セイラは艦船の操縦資格を持たないので、一定時間勤務したら自室で休ませる予定だ。
シンノスケもセイラの緊張には気づいているが、セイラの経験のためにそっとしておくことにしていた。
異変が起きたのは3日目だ。
「レーダーに反応。アンノウン1、方位4±0、距離290(4時の方向、水平位置。距離290)」
マークスがレーダー索敵範囲ギリギリの位置にいる不審船を捉えた。
シンノスケもモニターで確認するが、明らかに不審船だ。
「狙われてるな。セラ緊急事態だ。通信をマークスに回せ。ここからは見学だ」
「はっ、はい。ユー・ハブ・コミュニケーション」
セイラは通信の引き継ぎを宣言すると通信システムから手を離した。
「アイ・ハブ・コミュニケーション。ケルベロスからオリオン、宇宙海賊に狙われている可能性あり。警戒を要する。こちらの指示あるまで現在の進路を維持」
『こちらオリオン、了解。くれぐれもよろしくお願いします』
シンノスケは武装のセーフティロックを解除する。
「距離が遠い割にあっさりと捕捉されたところを見ると俺達をおびき寄せてオリオンから引き離すための囮だな。テンプレの見え透いた手口だ。それならば本艦も現在の進路を維持するぞ。マークスは前方を重点的に警戒、この先で待ち伏せしている筈だ」
「了解」
シンノスケとマークスの様子を見ているセイラは緊張が最高潮に達している。
「あの、救難信号とかは?発信しないんですか?」
震えながら尋ねるセイラにシンノスケは頷く。
「まだ早い。今のところは狙われている可能性があるだけで、明確に狙われたわけではないからな。救難信号等はもう少し状況を見極めてからだ」
セイラに説明しながら不審船に向けて火器管制レーダーを照射する。
牽制のためだ。
「アンノウン、レーダー索敵範囲外に離脱しました。続けて方位12±0、距離200にアンノウン2、進路を塞ぐように展開しています」
「了解!ケルベロスを前に出す」
シンノスケはケルベロスをオリオンの前方に出した。
「前方のアンノウン2隻、識別信号の発信なし。本艦に向けて火器管制レーダーの照射を確認」
「了解。救難及び開戦信号を発信。敵船に警告を実施する」
マークスは前方の敵船2隻に対してレーザー通信を強制接続する。
「回線固定」
「前方の所属不明船に通告する。こちらはサリウス州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロス。本艦は現在護衛任務中である。返答ないまま本艦の進路を妨げるならば本艦は護衛任務遂行のため必要な措置をとる」
1回目の警告にも2隻は反応しない。
「重ねて警告する。直ちに進路を開けろ。本警告以後、貴船等の行動に変化無き場合は交戦の意思があるとみなす」
シンノスケは武装を起動しながら敵船2隻に向けて火器管制レーダーを照射、照準をロックした。
「・・・・」
初仕事で護衛任務の洗礼。
セイラは緊張のあまり言葉を発することが出来ずにいる。
「まだ距離がある。敵船に対して主砲による警告砲撃を行う」
セイラの胸の鼓動はドキドキマックス、今にも心臓が口から逃げ出しそうだ。