脱出
リムリア艦隊の包囲を突破して国際宙域に飛び出したフブキ。
退去期限から数十秒経過したことから一旦はリムリア艦隊からの追撃を受けたが、それも直ぐに中止された。
リムリア銀河帝国にしてみれば、数十隻で包囲しておきながらたった1隻の民間船を取り逃したことと、その1隻を拿捕するために国際宙域での追撃戦を繰り広げるなんて大国としての面子が丸潰れだ。
元々期限内に退去したならばそれ以上は手出しする予定がなかったのだから、少しくらい大目に見るという懐の深さをもって体裁を保つ心づもりなのかもしれない。
「あの船、相変わらず忌々しいねぇ」
黒薔薇艦隊旗艦ブラック・ローズのブリッジで笑みを浮かべながらフブキを見送るベルローザ。
「このまま逃がしてもよろしかったのですか?あの程度の民間船、沈めるのは造作もないことですが?」
副官のザックバーンの言葉にベルローザは肩を竦めながら首を振る。
「たかだが民間船1隻に帝国皇室直衛艦隊がムキになってどうするんだい。今は放っておくさ」
「しかし、あの船のキャプテンはベルローザ様のお命を危険に曝した不届き者なのでは?」
「何を言ってるんだい?私はあんな船と関わり合いになったことは無いよ。あの男が捕らえたのは宇宙海賊ベルベット。私とは別人だよ。それに、その女はもう死んだんだよ」
「そうでした、大変失礼しました」
「まあ確かに、コケにされたのは癪に障るけど、深追いする必要はないよ」
「畏まりました」
「・・・それにね、ザックバーン。お前はあの男を知らないから教えておいてあげるよ。あの男はチンケな宇宙活劇のスーパーヒーローではないし、あの船も性能は良くてもただの宇宙船。都合のいい無敵の船じゃあない。攻撃が当たれば壊れもするし、当然沈めることも出来る、それは間違いないよ。けどね、例えるならばあれは猛毒を持つ蛇と同じさ。こっちから手を出さなければそうそう咬まれることもないけど、下手に踏みつけてみな、一瞬で咬みつかれるよ。中途半端に手を出せば、間違いなく何隻かは道連れにされるだろうね。必要が生じてあれを沈めるならば、細心の注意を払いながら一気に頭を潰すか、より圧倒的な力をもって呑み込むしかないんだよ。今の私ならそれが可能だけど、私も今では好き勝手ができる立場じゃないからね、今のところは私の大切な部下に素手で毒蛇狩りをさせるつもりはないよ。覚えておきな」
「仰せのまま、肝に銘じておきます」
ブラック・ローズは回頭すると帝国領へと戻っていった。
無事に帝国領から脱出し、追撃を振り切ったフブキ。
休みなくフブキの操舵ハンドルを握ってきたアッシュはここでミリーナと操艦を代わる。
「ミリーナさん、後は任せたわ」
「ええ、お疲れ様でしたわ」
アッシュは副操縦士席を離れると肩をほぐしながら背筋を伸ばす。
「シンノスケ、この船はホントに良い船ね。比べちゃ悪いけど私が前に使っていた型落ちのコルベットや沿岸警備隊の巡視船とは大違いだわ。なんというか、船好きの拘りが詰まった船って感じよね」
アッシュの感想にシンノスケも頷く。
「まあ、フブキはユキカゼ型開発の試験艦だからな。サイコウジ・インダストリーの開発部門は良い意味で変態揃いだから、試験艦や実験艦を作るときには発展性を睨んで性能に余裕を持たせながら、船そのものについては一切妥協しないどころか、制限している条件下で更に一段上を狙って開発しているんだよ」
「まあ、これがそのまま量産されたらちょっとクセがあるわよね。強いて言えば軍用艦としてはそこが欠点よね。シンノスケや私みたいにそのクセがしっかりと嵌まれば船の性能を十分に発揮できるけど、嵌らなければ却ってそれが足枷になりかねないわ。そういう意味ではシンノスケとフブキ、私とフブキはとても相性がいいのね。ということはシンノスケと私の相性もバッチリってことかしら?」
悪戯っぽくウインクしながらブリッジを出ていくアッシュにシンノスケは背筋を寒くする。
そんなシンノスケをジト目で見るミリーナとセイラ。
「シンノスケ様、私もフブキとの相性はバッチリですのよ」
「あの、私もフブキのオペレーター席は凄くしっくりくるっていうか・・・」
どういう訳か変な対抗心を燃やしているようだ。
「いやあ、シンノスケさんモテモテだね?」
そんな様子を見てシオンが茶化してくるのでシンノスケは肩を竦める。
「ミリーナ達にモテるのはともかく、アッシュにまでモテモテは困る」
「大丈夫だよ、アッシュは女の子『も』大好きだからね。守備範囲がぶっ壊れているんだよ」
何が大丈夫なのか分からないし、少し怖い事実の告知ではあるが、それでもくだらない2人の会話を自然な流れで聞いていたミリーナとセイラは普段は決して言わないであろうシンノスケの重大発言を聞き逃すという致命的な失態を犯したのであった。
その後、フブキは国際宙域の途中で待機していたツキカゲと合流する。
というのも、予想外の避難民の増加とリムリア銀河帝国との往復のため、ゆとりを持って準備した物資が底を尽きかけているため、ツキカゲに移乗させる必要があるからだ。
合流地点に到着すると、そこに待機していたのはツキカゲとシールド艦。
その2隻は予定どおりなのだが、もう1隻、民間旅客船の姿があった。
『シンノスケさん、非常事態が発生しています』
アンディからの通信はこのまま平穏に仕事が終えることはできないと告げていた。




