義姉エミリア
シンノスケはマークスを伴ってサイコウジ・インダストリーを訪れた。
ハンクスに呼ばれたからでもあるが、超空間での一件のデータ提供も必要だ。
ハンクスに出迎えられ、応接室に通されたシンノスケは周囲をキョロキョロと警戒し、完全に挙動不審である。
受付職員やお茶を持ってきた女性までを警戒する徹底ぶりだ。
「・・・マスター、行動が不審すぎますよ」
「当然だろ。ここはもうデンジャーゾーンだ。一瞬たりとも油断できるか」
「別にエミリア様は敵ではないでしょう?義姉としてマスターの身を案じているだけではありませんか?」
「それは理解しているし、俺も別にエミリア義姉さんを敵だとは思っていない」
「でしたらそう警戒せずとも・・・」
「マークス、お前には兄弟姉妹が居ないからそんなことが言えるんだ。義理とはいえ姉と弟という決して抗うことのできない権力差、決して覆ることのない立場の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ」
「そんなくだらないこと、知るはずがないでしょう。・・・ただ、マスターは1つ間違えています。私に兄弟姉妹は居ないと仰られましたが、私と同型のドールは全部で12865体製造されています。また、同型のメインコンピュータが組み込まれている女性型ドールも6524体ありますので、兄弟姉妹は豊富に居ます。因みに兄というならば私の製造番号が4286ですから兄は4285体居るということで、姉に至っては1325体・・・」
「マークス、それは何か違うぞ」
シンノスケとマークスの様子を怪訝な表情で見ているハンクス。
「あの・・・カシムラ様?何か心配事でも?」
「えっ?あっ・・・いや、何でもありません」
「そうですか。それでは今回の用件ですが、ミリーナさんとセイラさんのヤタガラスの電子戦装備オペレーターとしての習熟度の報告と、先の超空間での事故のデータ提供の手続きとなります・・・」
その後は何事も起きないまま手続きが進む。
その平穏がシンノスケには耐えられなかった。
「あの・・・ハンクスさん。アクエリアスが入港しているようですが、サイコウジ会長はどちらに?」
シンノスケの問いにハンクスはピンときたようだ。
「ああ、そういうことでしたか。会長は建造ドックと開発部の視察を行っております。本日は系列のホテルに滞在して、明日には次の視察先に向かう予定です。カシムラ様については何も申しつけられておりませんよ」
ハンクスの言葉を聞いてシンノスケは胸をなで下ろす。
どうやらエミリアはカンパニーの会長として視察に来ただけのようだ。
(そういうことなら安心だ。明日の出航前にでも挨拶をしておけばいいだろう)
この時シンノスケは完全に油断していた。
サイコウジ・インダストリーでの手続きを終えたシンノスケとマークスはドックに戻る前に商船組合に顔を出すことにする。
帰還と事故の報告や手続きは済んでいるが、シンノスケ達がサイコウジ・インダストリーに出向いている間にリナからの呼び出し連絡が入っていたのだ。
「あっ、シンノスケさん、急に呼び出して申し訳ありません」
「いや、大丈夫です。何か急用ですか?」
「急用という程でもありませんが、以前にシンノスケさんからお願いされていた件で、早めにお伝えした方がいいと思いまして」
シンノスケが組合に頼んでいたのは商会の求人についてだった。
シンノスケの商会はフブキ、ツキカゲ、ヤタガラスと3隻の護衛艦を擁しているが、船の数に対して乗組員が足りないのだ。
船の操縦士の資格を有しているのはシンノスケ、マークス、ミリーナ、アンディ、マデリアの5人と問題ないのだが、護衛艦の運行責任者としての艦長資格はシンノスケとアンディしか持っておらず、現状では同時に2隻しか運用出来ないのである。
ヤタガラスはデータ収集や点検のためにドック入りする機会が多いから当面は問題ないが、将来的には別だ。
人員の増強は避けて通れない問題だし、それならば早めに手を打っておいた方がいい。
そこで、リナを通して組合に艦長資格を有する者や乗組員の募集を頼んでいたのである。
「希望者がいましたか?」
「はい。希望者3名の応募がありました。艦長資格を有している方が1人、操縦士兼総合オペレーターが1人、航行・通信オペレーターが1人で、同じチームですが、最近依頼を受けて仕事の最中に護衛艦を失ってしまった人達です。新しい護衛艦を手に入れようというところにシンノスケさんの募集の条件を見て是非お願いしたいとのことです。実績、評判、組合の評価共に申し分ない人達です」
送られてきたデータを確認してみたが、リナの言う通り問題は無さそうだ。
シンノスケ自身は直接の面識はないが、組合の上位ランカーとしての評判は聞いたことがあり、悪い噂はない。
「特に問題は無さそうですね。実際に会ってみたいのですが?」
「それでしたら面接の機会を設けましょう。明日の午後は如何ですか?」
アクエリアスの出航は明日の午前中の予定だから、その後に宇宙環境局に報告に行った後でも大丈夫だろう。
「分かりました。明日15時に私のドックに来るように伝えてください」
「分かりました、そのように伝えておきます。・・・ところでシンノスケさん!」
急にリナが不機嫌そうな表情を浮かべる。
「えっ?な、何ですか?」
「口調、前に戻っちゃってますよ!せっかくバカンスで2人の距離が縮まったと思ったのに・・・」
シンノスケのリナに対する口調が元に戻ったことがご不満らしい。
「あれっ?あっ、すっ、すまない。いや、だが・・・しかし・・・」
あたふたするシンノスケに呆れモードを起動させたマークスが助け舟を出す。
「リナさん、マスターに期待するのは無駄だと認められます。お2人の距離が縮まったとはいえ、仕事の事務手続きの時まで急に対応を変えられる程マスターは器用ではありませんので」
「おいっ!人を不器用扱いするな」
「事実です。もしも私の判断を否定するならば、どうぞご自由に、器用に、柔軟に対応してみてください」
マークスに挑発されるシンノスケ。
リナも期待に満ちた表情でシンノスケを見つめている。
「・・・ぐっ・・・無理・・・」
「「はぁ~・・・」」
マークスとリナは深いため息をついた。
「これでマスターがヘタれであることが証明されました」
「仕方ありませんよ。シンノスケさんらしいです」
2人に好き勝手言われるシンノスケは悔しさに歯噛みする。
「ぐぬぬ・・・釈然としない・・・。けど、何も言い返せない・・・」
打ちひしがれたシンノスケだが、これ以上組合にいても仕方ないので早々に引き上げることにした。
今日はどうにも調子が外れるのでドックに帰って大人しくしていようと心に決めるシンノスケ。
だが、まだ終わりではなかった。
「シンノスケ、おかえりなさい」
シンノスケがドックに帰ると、そこで待ち受けていたのはミリーナとセイラと、そしてエミリアだ。
「ねっ、義姉さん・・・。どうしてここに」
「あら?姉が弟に会いに来るのに理由が必要かしら?」
「いえ・・・ただ、カンパニーの会長ともあろうお方が、一介の自由商人に会いに来るのは何等かの理由が必要だと思いますが?」
有無を言わさない雰囲気のエミリアに対してシンノスケは精一杯の抵抗を試みる。
「なら何も問題はありませんね。久しぶりなのですから今夜は一緒に食事をしたいと思って誘いに来たんです。今夜、私の滞在先のホテルにいらっしゃい。無論、他の皆さんもね」
エミリアに抵抗は効かなかった。




