超空間からの脱出
シンノスケ達が超空間を彷徨っていたその頃、サリウス州中央コロニーの宇宙軍第2艦隊司令部では第2艦隊司令アレンバル宇宙軍大将が情報部のセリカ・クルーズ少佐と極秘に面会していた。
「・・・以上のとおり、情報部の私のユニットが収集した情報によれば、第2艦隊補給部長であるラングリット准将は物資の着服、流用を行っているのみでなく、子飼いの宇宙海賊を介してリムリア銀河帝国との繋がりが疑われています。重要情報の流出までは確認されていませんが、これは准将が情報を商品化していないからでしょう。しかし、准将が間接的に人身売買に関係している可能性があります」
クルーズ少佐の報告にアレンバル大将は眉を顰める。
「少佐のその情報のとおりならば由々しき事態だ。しかし、あのラングリット准将を訴追できるだけの証拠はあるのか?」
「いえ、現場責任者の責任を問う程度の証拠はありますが、准将が首魁であることの証拠の確保には至っておりません」
「うむ。軍警察隊の捜査も同じだ。今までも准将に繋がる明確な証拠の確保に至らずに手下ばかりが責任を取らされている状況だ。しかも、表向き准将は自分の職務はしっかりと全うし、その実績は非の打ち所がない。手下の不祥事が明るみになれば自分自身を処罰する程だ。尤も、対外的なアピールだから准将にとっては痛くも痒くもないが」
「准将は保身に対しては天才的な才能と運に恵まれていますからね。我々情報部としても何度臍を噛む思いをさせられたか。いっそのこと情報部による特号案件を発動して准将を処分させたい程です」
「それはいかんぞ少佐。確かに君達情報部はその性質上、超法規的措置を採ることもあるだろう。しかし、軍の高級将校を断罪するのにその策はいかん。法を犯す者を取り締まるためには法と規則をもってしなければならないのだ」
高潔なるアレンバル大将らしい判断だ。
裏仕事の多い情報部とはわけが違い、艦隊司令官の立場ともあれば法と規則を無視するわけにはいかないのである。
しかし、クルーズ少佐の所属する情報部は時として手段を選ばずに物事を秘密裏に進め、闇に葬ることもためらわない。
「それならば、例の自由商人をけしかけてみますか?」
「自由商人?カシムラ元大尉か?」
「はい。カシムラ氏は准将と因縁がありますし、幾度も准将の策謀の邪魔をしています。それが彼の意図したものではなくとも、その功績は絶大です。カシムラ氏を利用すればよい結果が期待できると確信します」
クルーズ少佐の提案を聞いたアレンバル大将は表情を変えた。
それまでの威厳のあるものではなく、悪戯を思い付いた悪ガキのような悪い表情だ。
「フッ、それは推奨出来ない策だ。少佐、1つだけ忠告しておくぞ。カシムラ元大尉は例えるなら性格が大人しく、牙を隠した毒蛇だ。こちらが手を出さなければむこうから襲いかかってくることもないが、あまり挑発しすぎると噛みついてくるぞ。それは猛毒の強烈な一撃でな。下手に藪を突つかない方がいいぞ?」
「それは、カシムラ氏を巻き込むな、ということですか?」
「いや、君達情報部は宇宙艦隊の指揮下にないからな。カシムラ元大尉を知る私からの単なる忠告だよ」
クルーズ少佐は笑みを浮かべる。
「ご忠告、肝に命じておきます」
クルーズ少佐は敬礼して退出していった。
超空間の中を宇宙クジラの群れに先導されて進むフブキ。
「このままついて行っていいのかな?」
現在地も方向も、何処に向かっているのかも全く分からない中でシンノスケが呟く。
「とはいえ、選択したのはマスターです」
「そうはいってもお前がついてこいって言っていると解析したんだぞ?」
「それでも判断を下したのはマスターです」
マークスと不毛な会話をしながらグダグダと艦を進めるシンノスケ。
どこまで進んでも、どっちを向いても代わり映えのない超空間だ。
それでも激しい重力波に曝されながらもフブキは安定して進んでいた。
重力波の中での姿勢制御のコツを掴んだシンノスケは操舵ハンドルに軽く手を添え、スロットルを小刻みに操作しながら巧みに重力の波の流れにフブキを乗せている。
「しかし、何処に向かっているのか・・・っと、なんだ?」
フブキが群れを追っていると、母子クジラの母クジラが群れから離れ、別の方向に進み出した。
・・・カカッ・・カカッ・・
「マスター、群れを離れた個体が追従の信号を繰り返しています。ついて来いということでしょう」
「そうか。・・・まあ他に選択肢も無いしな。行ってみよう」
シンノスケは母クジラを追って舵を切る。
母クジラに追従すること数分。
「シンノスケさん、空間に歪みがっ!」
メリーサ(だと思う)の言うとおり、母クジラの進む先の空間に歪みが観測された。
「マスター。空間の亀裂までは認められませんが、あの歪みに向かって空間跳躍を実行すればこの超空間から脱出できる可能性があります」
「その可能性もありそうだが、跳躍先の座標計算ができない。何処に飛び出すか全く予測できないぞ」
脱出できたところで恒星のど真ん中であるとか、惑星の地表の中に出る可能性もあるし、都市の人口密集地に飛び出せば大惨事だ。
「通常空間と超空間を行き来する宇宙クジラが案内しているのですからリスクは低いと思われます」
マークスの言葉にアリーサとメリーサも頷いて同意するが、シンノスケとしても他に選択肢が無いことは理解している。
「やるしかないな。マークス、座標計算は出来ないから跳躍脱出地点はランダムになる。脱出先の周辺警戒を厳にしろ!」
「了解しました」
「よし、超空間脱出のための空間跳躍を実行する。跳躍速度まで加速・・・5・4・3・2・脱しゅ、あっ、いや違うワー・・」
「・・・・・・」
フブキは超空間からの脱出を狙って空間跳躍を実行した。
「・・・通常空間に戻りました。周辺宙域に異常なし」
超空間からの脱出に成功したフブキだが、どうやら最悪の事態は避けられたらしい。
「よし、すぐに異常の有無と現在地を確認してくれ」
「了解しました・・・船体に損傷認められず。現在地特定。現在地はサリウス恒星州中央コロニーの直近です」
フブキが飛び出したのは管制宙域外ではあるが、サリウス恒星州中央コロニーに近い宙域だ。
「ああ、これは幸運だったな。いや、あの宇宙クジラが誘導してくれたのか。よし、早く帰ろう」
「「「了解しました」」」
無事に通常航路へと戻り、サリウス州中央コロニーへと帰還を急ぐフブキ。
まもなく中央コロニーとの通信可能宙域に入る予定だ。
「よし、無事に帰ってきたな」
無事の帰還を目の前にほっとしたシンノスケはレーダーのモニターに目を落とす。
そして、航路を行き来する船の中の1隻の大型船の反応に気付いた。
「・・・あれ?おい、マークス、この船は」
「はい、アクエリアスです。間違いありません」
大型船アクエリアスの名を聞いたシンノスケの顔色が変わる。
「急速反転!本宙域から離脱する!」
「「えっ??」」
シンノスケの突然の変化にアリーサとメリーサは唖然として声を上げた。




