変わらぬ日常
「シンノスケ!採掘行こうぜっ!」
相変わらずアポもなしにドックに押し掛けてきたグレンの一行。
友人をスペースボウルに誘うかのような気楽さは最早定番と化している。
「・・・グレンさん、何度も言っていますが、直接来てもらっても仕事は受けられませんよ。さっさと組合に行きましょう」
シンノスケも完全に諦めており、不毛な問答はしない。
グレン達が押し掛けて来た時点で採掘護衛に行くのは既成事実なのだ。
組合で依頼受諾の手続きを済ませたシンノスケは出航準備を進める。
今回、グレン達の護衛に出るのはシンノスケとマークスが駆るフブキ。
ヤタガラスはサイコウジ・インダストリーでのデータ収集と点検中であり、セイラとミリーナはヤタガラスのシステム習熟のために残ることになっている。
ツキカゲのアンディ達は近場の輸送業務を請け負って仕事中。
それもこれもいつもと変わらぬ日常だった。
ドックを出て合流宙域へと向かうフブキを見送ってサイコウジ・インダストリーに向かうセイラとミリーナ。
「・・・えっ?」
ミリーナは突然言い様のない不安に駆られて立ち止まった。
「どうしました?ミリーナさん」
「わかりませんの・・・。でも、急に不安になって・・・、これは、予知?」
能力が発現したが、フブキは既に出航してしまっているし、ツキカゲも仕事で出ており、ヤタガラスは点検中。
後を追う術はないし、仮に船があったとしても『嫌な予感』という漠然とした理由で後を追うわけにもいかない。
例えそれがミリーナの覚醒能力によるものだとしてもだ。
「まあ、シンノスケ様とマークスなら大丈夫ですわよ・・・ね」
シンノスケとマークス、そしてフブキならば大抵の宇宙海賊なら問題にならない筈だ。
ミリーナは不安を心の奥底にねじ込むことにした。
今回の採掘現場もグレン達の秘密の場所で、以前にも護衛で来たことのある宙域。
宇宙海賊も寄り付かない、というよりは入り込むことの出来ない小惑星帯の奥深くだ。
今回の採掘は3日間の予定であり、特に問題も発生することなく予定の最終日を向かえた。
「よし、最終日だ。目標の採掘量は達成しているから、今日は早めに終わりにして帰ろうぜ」
グレンの号令一下、最終日の採掘作業が始まった。
アリーサとメリーサのシーカーアイがレアメタルが含有する小惑星にマーキングをして、採掘艇で掘り集める。
これもいつもと変わらぬ日常の筈だった。
異変が起きたのは作業が始まって2時間程経った時だ。
「微弱な変調波を検出しました。警戒を要します」
周辺の警戒を行っていたマークスが異常に気付いた。
「ジャミングの類いか?」
「いえ、空間の歪みの類い、宇宙空間による異常現象です」
宇宙空間では様々な現象が発生する。
ブラックホールの発生や空間の歪みが発生することによる強制的な空間跳躍や、超空間に引きずり込まれることもあるのだ。
宇宙船の行方不明事案の中にはこれらの現象に巻き込まれたものも少なくない。
シンノスケは即座に判断した。
「フブキからビック・ベア。微弱ながら空間の歪みを検出しました。警戒を要します、速やかに撤収するべきだと判断します」
『ビック・ベア了解した。十分稼いだしな、そろそろ終わりに・・』
「緊急!空間の歪みが増大!超空間への亀裂が発生します!至急本宙域から離脱をっ!」
マークスが警告する。
空間の歪みから超空間への亀裂が発生すると周囲にあるあらゆる物質が超空間に引きずり込まれてしまう。
「了解!超空間の方位は?」
「方位10、シーカーアイが危険です!シーカーアイ、直ぐに離脱をっ!」
『こちらシーカーアイ了解・・・推力が足りません、離脱できません!』
既に超空間の重力波の範囲に入り込んでしまっていたシーカーアイ。
小型艇の推力では離脱できない。
『ビック・ベアからシーカーアイ!待ってろ、直ぐに収容してやる!』
グレンがビック・ベアを前進させようとするが、その行く手をフブキが遮る。
『シンノスケ、止めるな!このままじゃ2人が吸い込まれちまう!』
「あの重力波はビック・ベアでも離脱できません!シーカーアイは本艦が救助します」
ビック・ベアも大型の船ではあるが、エンジンの推力はそう大きいものではない。
接近すればシーカーアイごと超空間に引きずり込まれてしまうだろう。
『しかし、シンノスケ。お前のフブキでも危険だぞ!』
「迷っている暇はありません!フブキからシーカーアイ、直ぐに救助に向かう!」
『りょ、了解しました!無理をしないでください』
シンノスケはフブキを回頭させると後退させながらシーカーアイに接近する。
フブキも直ぐに重力波に捕まり、超空間の亀裂へと引きずられ始めた。
「出力60パーセントを維持。重力波に引かれながら接近する。内火艇を投棄!」
シーカーアイを収容するために内火艇を放出する。
投棄された内火艇は直ぐに超空間へと落ちていった。
「シーカーアイ接触まで50秒。参考報告、ミッション成功率27.5パーセントです」
マークスの報告にシンノスケが舌打ちする。
「チッ、なんだよその中途半端に低い成功率は!こういう場合は普通0.1パーセントとか、多くても8パーセントとかの一桁がセオリーだろう!27.5パーセントって妙にリアルで不安になるぞ」
「仕方ありません。私の計算は完璧です!」
「おいっ、そこで軍規違反をかますな!」
言いながらシンノスケは船体をシーカーアイに被せるように調整し、艦首下部の内火艇格納庫にシーカーアイを収容する態勢に入った。
「シーカーアイ収容まで7・6・5、小惑星接近!シーカーアイ回避を!」
『了か・・・舵が効きません、回避不能っ!』
重力波に引かれた小型の小惑星がシーカーアイを掠め、シーカーアイがバランスを失う。
「シーカーアイ、超空間に落ちます!収容は困難です!」
『『シーカーアイからフブキ!私達はもうダメです。私達に構わずに離脱してください』』
『シンノスケ!無理だ、離脱しろ!お前達も巻き込まれちまうぞ!』
メリーサとアリーサの諦めの声とグレンの声を聞きながらシンノスケはニヤリと笑う。
「あんなことを言われてるぞマークス。どうする?諦めて離脱するか?」
「急速回頭!推力80パーセント、超空間に飛び込んで3秒後にシーカーアイに追い付きます!」
「了解した!じゃあ行くか」
「自分で提案しておきながら無謀な策です。シーカーアイの収容は可能ですが、超空間からの脱出の可能性は6パーセントです!」
「セオリーとしては成功率が上がったな」
「いえ、21.5ポイント下がっています」
「マークス、お前分かっていて言ってるだろ?まあ、これも俺達にとってはいつもと変わらぬ日常ってことだな。マークス、付き合ってもらうぞ!」
「了解。お供します」
シンノスケはフブキを回頭させるとスロットルレバーを押し込んだ。
『おい待て!シンノスケ止めろ!』
フブキはシーカーアイを追って超空間に飛び込んでいった。




