撤退
ツキカゲが離脱したのを確認したシンノスケはヤタガラスを戦列から後退させる。
「護衛艦ヤタガラスよりクルセイダー。タイタンへの物資引き渡しが完了しました。僚艦であるツキカゲは既に離脱。本艦も直ちに離脱します」
『クルセイダー了解。危険な依頼を完遂してくれたヤタガラスとツキカゲに感謝する。貴艦等の帰路が平穏であることを祈る』
「了解。また仕事がある場合には依頼してください。指名依頼も受け付けていますので、お声掛けください。以上!」
さり気なく営業を仕掛けつつ離脱するシンノスケ。
これ以上の長居は無用。
ヤタガラスはツキカゲを追って戦場から離脱し、離脱と共に妨害波の発信も停止した。
「マークス、ヤタガラスの電子戦能力の評価はどうだ?」
実戦における電子戦のデータは貴重だ。
このデータを提供すればサイコウジ・インダストリーの技術者も大喜びだろう。
「そうですね。実験艦ということもあり、電子戦能力は限定的です。今回は効果範囲を絞って実行してみましたが、更に出力を上げたとしても艦隊戦において戦局全体に影響を及ぼすまでの能力はありません。特に軍用艦船に対しては通信やレーダー等への妨害効果はありますが、先の戦闘艇のように内部システムの破壊までは出来ないでしょう。軍用の電子戦兵器としては非常に中途半端な能力で、戦略兵器ではなく、局地戦兵器といったところです。しかし、我々のような自由商人の護衛艦の装備としては非常に効果的で、今後も重宝すると判断します」
軍用としては不十分でも護衛艦としては十分ならばシンノスケとしても満足だ。
後は運用次第というところで、今後の課題だろう。
戦場を離脱したヤタガラスはツキカゲと合流し、一目散にサリウス恒星州への帰還の途についた。
シンノスケ達が仕事を完遂した丁度その頃、サリウス州中央コロニーの宇宙軍第2艦隊司令部では第2艦隊司令アレンバル宇宙軍大将以下の幹部が集まって会議が行われていた。
「これ以上ダムラ星団公国とリムリア銀河帝国の戦争に介入することは愚策であると判断します。派遣部隊の縮小、いや即時撤退すべきです」
険しい表情の幹部達を前に第2艦隊補給部長であるラングリット准将が意見を述べる。
「しかし、ダムラ星団公国への支援はアクネリア連邦政府の判断であり、宇宙軍総司令部の指揮下で行われている。しかも、派遣されているのは他の艦隊だ。領内防衛を担っているとはいえ、残留部隊の我々が口を挟むべきことではないぞ」
第2艦隊参謀長の意見に他の幹部も頷く。
因みに、第2艦隊司令のアレンバル大将は表情を変えることなく、無言のまま会議の成り行きを見守っている。
皆の意見を聞いた上で艦隊責任者として最終判断を下すためだ。
「確かに私達第2艦隊は今回の派遣任務からは外れていますが、前線への補給に関しては我々が担っています。その補給の責任者として、私はこれ以上の補給継続は困難であると判断します。当然ながら補給物資を含め、我が国の軍事費は国民の納める税金によって賄われているのです。その血税が投入された物資を同盟国とはいえ、これ以上他国のために使うべきではありません。そして何より、前線からの度重なる補給要請により、第2艦隊が保有する物資が不足しつつあるのです」
「しかし、前線で戦っている友軍のためにも補給を途切れさせるわけにもいかないぞ」
参謀長の言葉にラングリットは首を振る。
「確かに兵站を途切れさせるわけにはいきません。しかし、我が第2艦隊は宇宙軍の基幹艦隊として即時即応態勢を維持する必要があり、そのためにはこれ以上物資を放出するわけにはいきません。しかも、戦況が我が軍有利に展開しているならまだしも、ダムラ星団公国は敗北寸前、派遣されている艦隊も劣勢で、かなり押し戻されています。この状況下で更に軍費を投じることは、世論の支持を得られません」
ラングリットの意見は至極真っ当なものだ。
それは他の幹部達も理解している。
ダムラ星団公国が敗北寸前の今、これ以上の犠牲を出す前に派遣部隊を撤退させることも選択肢の1つだろう。
しかし、それを進言するのは最前線にいる艦隊指揮官であり、判断するのは政府と宇宙軍総司令部だ。
結局、この日の会議の結果、アレンバル大将の判断で、宇宙軍総司令部に対して第2艦隊司令の名で派遣部隊縮小と、これ以上戦況が悪化した場合には全軍撤退と、予想される難民等の受け入れ支援についての準備を意見具申することで決着した。
会議終了後、会議室に残ったのはアレンバル大将と副官のササキ中佐。
「准将の言動もあからさまになってきていますね。それでいて隙を見せないのが面倒です。・・・准将に対する内部調査はどうなっていますか?」
「確たる証拠を掴むには至っていません。ラングリット准将自身が我々や情報部の調査を承知しているのが厄介です。補給部での不祥事を掴んでも現場担当者の責任レベルのものばかりですし、その件数も他の部署に比べて僅かに多い程度です」
「大規模な組織としてはある程度の不祥事はどうあっても発生してしまうものですし、それはなかなか避けられないものです。その不祥事がコントロールされたものだとすれば余計に厄介なものです」
「はい。しかも、我々が情報に辿り着くと、先に補給部の内部調査の結果として公表して処理されてしまいます。しかも准将自身がそれらの件について自らの監督責任があることを公言していますから必要以上に糾弾するわけにもいかないのが現状です」
ササキ中佐の報告にアレンバル大将は深くため息をついた。
「我々の調査を承知の上で牽制にもなっていないということですか。仕方ありません。私達もそれを踏まえて調査を継続しましょう。気付かれていることが前提です。多少派手に動いてもかまいません。それがさらなる牽制になるでしょう」
「了解しました」




