黒い薔薇の帰還
ダムラ星団公国を巡る戦いは帝国軍総司令官であるエルランの要請を受けて出動したエザリア率いる白薔薇艦隊が参戦したことにより戦局が一気に傾いた。
もはやアクネリア銀河連邦宇宙艦隊の介入があっても覆すことは困難な程の状況だ。
リムリア銀河帝国の勝利は目前だが、帝国皇帝ウィリアムの心境は穏やかではない。
姉のエザリアが私兵艦隊である白薔薇艦隊を率いて前線に赴いたことが心配であり、心の拠り所であるエザリアが傍にいないことが不安で仕方ないのだ。
そんなウィリアムが不安の中にあっても帝国皇帝としての公務を果たしている中、帝国軍宇宙港に1隻の駆逐艦が入港してきた。
所属を示す識別表示は無い、特務艦だ。
「皇室の生活が嫌で飛び出して以来、久しぶりに帰ってきたねぇ」
特務艦から降り立ったのは宇宙海賊ベルベット、いや、リムリア銀河帝国第2皇女であるベルローザ・リムリアだ。
「ベルローザ様、お待ち申し上げておりました」
宇宙港でベルローザを出迎えたのは1人の老紳士。
黒色の制服を身に纏ったその男はベルローザ付きの執事であり、私兵艦隊黒薔薇艦隊の副司令官のザックバーン准将だ。
「ザックバーンかい?久しぶりだねぇ」
ザックバーンを一瞥すると歩き出すベルローザ。
後に続くザックバーンはベルローザの肩に黒薔薇艦隊の制服を掛ける。
襟の階級章は少将のものだ。
「黒薔薇艦隊隊員一同、ベルローザ提督の帰還を心待ちにしておりました」
「待っていたって、好き勝手に生きようとしていた私は帝国に帰ってくる気はなかったよ。宮廷の生活も、提督の椅子も性に合わなかったからね。まあ、ヘマをしちまって極刑になる直前だったから姉様の助けには命拾いしたけどね。こうなった以上はまあ仕方ない、黒薔薇艦隊の司令官としての責任を果そうかねぇ。・・・でも、まあそんなことは後回しだ。先ずは皇帝陛下、ウィリアムに挨拶に行くよ。どうせ姉様と白薔薇艦隊が居なくてビビってるんだろうからね」
そう言ったベルローザは皇宮に赴くと衛兵が止めるのも聞かずにウィリアム皇帝の執務室へと立ち入った。
「ベルローザ姉さん・・・」
「今帰ったよウィリアム。なかなかの皇帝っぷりじゃないかい」
弟とはいえ目の前にいるウィリアムはリムリア銀河帝国の皇帝だ。
しかし、ベルローザには何の遠慮も無い。
「姉さん・・・どうしてここに?」
「どうしても何もあるかい。もう少しで縛り首になるところをエザリア姉様に呼び戻されたのさ。話は聞いているよ、姉様の白薔薇艦隊が遠征に出てビビっていたんだろ?」
「そっ、そんなことはありません!」
「無理をするなよ。あんたは昔から気が小さいからね。まあ、頭は良いのだから案外皇帝には向いているのかもしれないねえ。安心しな、姉様の代わりに私が守ってやるよ。私の黒薔薇艦隊で帝都周辺宙域の防衛に当たってやるさ。心配することないよ『私は』皇帝の椅子には全く興味はないからね。その代わりに艦隊司令官として好きにさせてもらうさ」
言いたいことを言ったベルローザはウィリアムの返答を聞くことなく踵を返して執務室から出ていった。
皇帝ウィリアムへの一方的な挨拶を済ませ、再び宇宙港に戻ってきたベルローザ。
目の前に停泊しているのは黒薔薇艦隊の旗艦である高速戦艦ブラック・ローズだ。
「こっちのブラック・ローズも久しぶりだねえ。相変わらず美しい船じゃないか。ザックバーン、準備はできているんだろうね」
「はい。黒薔薇艦隊全艦、出撃準備整っております」
「よろしい。早速出るよ。・・・とはいえ、久々の艦隊司令官の仕事だからね、ザックバーンは当分の間ブラック・ローズに乗艦して私の副官を勤めな!」
「仰せのままに」
早速ブラック・ローズに乗り込んだベルローザはブリッジに設けられた司令官席に座る。
「これより慣熟訓練と帝都防衛のために全艦出撃する。モタモタするんじゃないよ!」
ベルローザの号令一下、黒薔薇艦隊の艦艇190隻が一斉に出撃した。
黒薔薇艦隊は艦艇数こそ少ないが、高速艦艇を揃えた高速、高機動が特徴の艦隊だ。
正規軍ではないベルローザの私兵艦隊ではあるが、司令官不在でエザリアの預かりであった間にもザックバーンの指揮の下、実戦と訓練を重ねてきており、その練度は高い。
全艦が速やかに出港し、宙域に展開したのを見てベルローザは満足げに頷いた。
「良い感じだねえ。これなら直ぐにでも実戦で戦えそうだ。ザックバーン、ラングリットと連絡を取っておきな。情勢が動くよ。今後、ラングリットにはやってもらうことがあるから、暫くの間は彼奴の小遣い稼ぎに手を貸してやりな」
「かしこまりました。・・・ところでベルローザ様」
「何だい?」
「宇宙海賊ベルベットを捕縛した自由商人のことですが・・・」
「ああ、あの忌々しい男のことかい?」
ベルローザが顔をしかめる。
「宇宙海賊ベルベットとベルローザ様は全くの無関係でありますが、そのような男を宇宙にのさばらせておくのも不愉快で目障りだと存じます。ご下命いただければ特務艦を出して処理いたしますが?」
ザックバーンの提案にベルローザは首を振る。
「私に気を遣う必要はないよ。放っておきな」
「ベルローザ様らしくありませんな」
「あの男はとんでもなく危険な毒蛇さ。下手に突ついたり、手を出したりすれば噛みつかれるよ。どうせもう相まみえることもないのだから相手にする必要もないよ」
「その自由商人をずいぶんと高く買っているのですね。流石は宇宙海賊ベルベットに勝った男ということですか」
ベルローザはザックバーンを睨み付けた。
「間違えるんじゃないよ!あの男は私に勝った男じゃないよ。私が負けたことなんてどうでもいい。それよりも、あの男は私が4回も戦って遂に殺せなかった男さ・・・」




