故郷
3日目、今日は皆でチューゼージ湖で観光船クルーズを楽しむことになっているが、シンノスケは私的な用事があるので別行動をすることにした。
皆が朝食の後のまったりとした時間を過ごしている中、準備を終えたシンノスケがコテージの外に出たところ、そこに立っていたのはミリーナだ。
「シンノスケ様、もしよろしければご一緒してよろしいです?」
そういうミリーナは普段着ではあるが、いつものドレス姿ではなく、ミリーナが着るには珍しい、大人しめのワンピースを着ている。
但し、腰にはサーベルを差しており、大人しめのワンピースと相まって違和感は否めない。
「別に構わないが、私的な用事で観光に行くわけじゃないから面白くもないぞ?」
「結構ですわ」
シンノスケにしても別に隠し立てするようなことでもないし、ミリーナが付いて来てもなんの不都合も無いのでミリーナの好きにさせることにする。
コテージを出発した2人は近くにある軌道交通システムの停車場に向かう。
惑星トーチギの軌道交通システムは辺境の惑星、所謂田舎なだけあって運行本数が極端に少く、停車場に到着した2人はたっぷり40分程待たされる羽目になった。
「ところで、いったい何処に行きますの?」
ようやく軌道交通システムに乗車した2人。
延々と続く草原の中を黄色と黒色を基調とした車両が疾走している。
3両編成の車両だが、シンノスケ達が乗車した車両に他に乗客はいない。
ミリーナも広大な草原の風景と窓から入る風を楽しんでいたが、それも1時間もすれば飽きてしまい、あとどの程度の時間この風景が続くのかと気になってくる。
「向かっているのはこの星の首都ウツノミヤだ。あと2時間程掛かるが、その間はこの風景が続くぞ」
シンノスケの答えを聞いたミリーナはため息をつく。
「ホントに緑豊かな星ですこと・・・」
「だから付いてきても仕方ない、面白くもないと言ったんだけどな」
向かい合わせの席でミリーナはシンノスケの顔をマジマジと見て微笑んだ。
「でも、こうしてシンノスケ様と2人、何もしない時間というのも貴重ですのよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうですわ」
ミリーナの言うとおり、2人で代わり映えのしない風景を見ながら何もしない時間というのも悪いものではない。
それから暫くの間、居心地の悪くない沈黙の時間が流れた。
「ところで、なんで急に付いてくるなんて言い出したんだ?」
沈黙を破ったのはシンノスケだ。
シンノスケに問われたミリーナは一瞬だけ額の目を開いてシンノスケを見ると直ぐに閉じた。
「シンノスケ様、大切な人に会いに行くんでしょ?」
「えっ?」
「だって、その服装ですもの。ちょっと考えれば分かりますわ」
「この服装が?」
確かに今日のシンノスケは制服を着ている。
それも普段着代わりの略装でなく、正装の方だ。
「普段は無頓着なシンノスケ様が正装だなんて、大切な用事に決まっていますわ。私の目は誤魔化せませんわよ」
確かにミリーナの目は誤魔化せない。
シンノスケは思わず苦笑した。
それがミリーナの予測が真実であることを物語っていたのである。
やがてシンノスケ達が乗った軌道交通システムは首都ウツノミヤに到着した。
停車場を出て歩き出すシンノスケとその後に続いて歩くミリーナ。
ミリーナは途中の店で買った白い花の花束を大切そうに胸に抱いている。
無言のまま歩くこと30分程、2人は小高い丘の上にいた。
2人の前には2つの小さな石碑が並んでいる。
ここはトーチギ公営の墓地だ。
「ここに眠っているのがシンノスケ様のご両親ですの?」
「ああ。母は病気で、父は事故で、俺が幼い頃に亡くなっている。母の墓に母は眠っているが、父の墓には何も入っていない」
ミリーナは膝をつくと2つの墓の前に花束を置き、両手を組んで瞳を閉じた。
「やっぱり、シンノスケ様はご両親に会いに来たのですわね」
「ああ・・・。でも、ここに来るのは士官学校に入る直前だったから、もう10年も前のことだな。とんだ親不孝者だ・・・」
「シンノスケ様は男の子で船乗りですもの、そんなものですわ。元気で飛び回っているのが何よりの親孝行ですわ」
「そんなもんかね」
「ええ、私には分かりますわ」
シンノスケは肩を竦めて笑う。
「そうは言ってもな・・・。ここに来たのも今回の旅行のついでだからな。やっぱり親不幸者だと思うけどな・・・」
「それもシンノスケ様らしいですわ。・・・実は、シンノスケ様がご両親に会いに来ること、私だけでなくセラやリナさんも気づいていましたのよ。でも2人は遠慮してくれましたの」
「何故?」
「だって、シンノスケ様のお嫁さん候補がいきなり3人も来たらご両親がびっくりしてしまいますわ。だから私が3人を代表して来ましたの。でも、抜け駆けは無しで、ご両親にはセラやリナさんのこともちゃんと報告しましたのよ」
「お嫁さん候補が3人って、父も母もひっくり返りそうだな」
「・・・それにもう1つ、シンノスケ様は私達が必ずお守りしますって、ご両親に約束しましたの」
「そりゃあ余計に大変そうだ・・・」
シンノスケは思い出の中の両親の顔を思い浮かべてみる。
思い浮かんだ2人は呆れ顔をしていた。
その後、シンノスケ達は思いきりバカンスを楽しんだ。
そして最終日、明日の朝には出発するという最後の夜。
チューゼージ湖畔では観光客向けの花火が打ち上げられていた。
遥か昔から受け継がれてきた花火職人による伝統の花火に目を奪われているミリーナ達。
「素晴らしいですわ。私、この光景を一生忘れませんわ」
「はい、私もです。シンノスケさんの船のクルーになって本当によかったです。絶対にまた一緒に来ましょうね」
ミリーナはシンノスケの右腕、セイラは左腕に自分の腕を絡めて空を見上げている。
「本当に綺麗ですね。シンノスケさん、連れてきてくれて本当にありがとうございます」
リナはシンノスケの後ろにいて、腕を組んだりはしていないが、どこか余裕の表情だ。
こうしてシンノスケ達のバカンスは全員が大満足の中で終わりを告げたのである。
サリウス恒星州に戻ればいつもの日常、いや、そうでない日々が待ち受けていることは誰も知るよしも無い。
甘ったるい?ぬる〜いエピソードは今回でお終いです。




