満天の星空の下で
いよいよ本格的なバカンスが始まった。
コテージの目の前にはビーチがあり、海水浴ならぬ湖水浴を楽しむことが出来る。
天候も上々で日差しも良く、湖水浴にはうってつけの環境だ。
周到に水着を用意していた女性達は歓声をあげながら水遊びを満喫している。
因みにアンディはそんな女性達に混ざって湖水浴を楽しんでおり、とても幸せそうだ。
そんな風景をビーチチェアに座って眺めているシンノスケ。
ラフなシャツにハーフパンツという出で立ちは海洋惑星トームの浜辺でレイヤードと商談をした時に買ったもので、フブキの自室に仕舞いっぱなしになっていたものだ。
そして、シンノスケの横ではマークスが海パン姿で身体に何やらオイルのようなものを塗っている。
シンノスケはそんなマークスの様子を横目で見た。
「マークス、お前海パン姿で何をやっているんだ?」
「ここはヌーディストビーチじゃありませんから、TPOを弁えてのことです。身体に塗っているのは金属用のワックスです」
「・・・前にもこんな会話をした記憶があるな」
「そうですね」
「マークス、お前湖には入るなよ、海水じゃないから錆びないけど、沈むぞ」
「はい」
そんな会話をしているシンノスケ達の背後にはマデリアが控えている。
マデリアも普段のエプロンドレスではなく水着を着ているが、やはりTPOを弁えてのことらしい。
艶やかな水着姿で水辺で遊ぶミリーナ達を眺めながらマデリアが用意してくれたキンキンに冷えた合成フルーツ茶を飲む。
明るい日差しを浴び、爽やかな水辺の風の中、ゆっくり、まったりとした何もない時間が流れる。
「皆も楽しそうだし、来てみて本当によかったな・・・」
いつの間にかシンノスケは眠りに落ちていた。
日頃の疲れが出たのか、ぐっすりと眠っていたシンノスケ。
「・・・んっ?あれっ?」
どれほど時間が過ぎただろうか、シンノスケが目覚めた時には既に日が暮れていて周囲には夜の帳がおりている。
「目が覚めました?シンノスケさん」
そんなシンノスケの顔を覗き込んでいたのはリナだ。
覗き込んでいたにしてもやけに顔が近い。
「あれっ?リナさん?・・・皆は?」
「みんなコテージに戻っていますよ。シンノスケさんがあまりにも気持ち良さそうに寝ていたんで起こさないでいて、私が残って様子を見ていたんです」
動揺するシンノスケにクスクスと笑いながら答えるリナ。
「あっ、それは申し訳ない」
「いえ、シンノスケさんの寝顔を見ているだけで楽しかったですよ。鼻を摘まんでも全然起きないんですもの。きっと普段のシンノスケさんでは考えられない程のリラックスぶりでしたよ」
「いや、面目ない」
確かに普段のシンノスケでは考えられない程の油断っぷりだ。
「それよりもシンノスケさん、ほら、見てください」
「?」
空を指差すリナ。
見上げてみればそこには美しい星空が広がっていた。
「スッゴい星空です。コロニーや宇宙船から見る無限に広がる星の世界も良いですけど、地上から見上げる満天の星空もロマンチックで素敵ですね」
リナの言うとおり、地上から見上げる星空というのもひと味違う。
シンノスケも立ち上がって空を見上げる。
「確かに、これは素晴らしい星空だ・・・」
思わず目を奪われるシンノスケ。
「シンノスケさん、ほら、こっちこっち」
呼ばれて振り向いてみると、レジャーシートの上に座ったリナが自分の膝を指差して誘っている。
どうやら膝枕なるものをご所望のようだ。
「いや・・それは、ちょっと」
慌てるシンノスケだがリナも譲らない。
「ほら、そうやって見上げていると首が疲れちゃいますよ」
リナは諦めるつもりはないらしい。
仕方ない、シンノスケはお言葉に甘えることにした。
「綺麗ですね・・・。地上にいるのに、こうやって見上げると星の世界に吸い込まれて宇宙の真ん中にいるみたいです。シンノスケさんに連れてきてもらわなかったらこんな素敵な体験、一生味わうことなかったかもしれません」
「いや、少し大袈裟では?俺たちが住むコロニーがある惑星ペレーネに降りる機会はあるし、ペレーネからだって星空は見えるだろう?」
「い〜え、ペレーネから見える星空も良いですけど、この星空は別格ですよ」
「まあ、このトーチギは辺境だけあって都市化も進んでなく、環境破壊も殆ど無いので空気も澄んでいるからな。俺が子供の頃から変わっていない」
「シンノスケさんはこの星で育ったんですか?」
「といってもまだほんの幼い頃だからあまり記憶はないけどね。母親が死んでからは親父の仕事の都合でコロニーに上がってそこに住んでいたんだ。トーチギのコロニーにはサイコウジ・カンパニーの貨物ステーションがあったから、船乗りをしていた親父はステーションから仕事に出ていっていたんだ。その後はたまに地上に降りてくる程度で、最後にトーチギに来たのは10年以上前か」
無意識に自分の身の上話をするシンノスケとそれを嬉しそうに聞くリナ。
「シンノスケさんの船乗りの血はお父さん譲りなんですね」
「まあ、そうかな。貨物船の船長をしていた親父の船を見るのが好きだったな。あんなでっかい船を親父が動かしているんだ、と誇りに思ったよ。親父の船はフブキやツキカゲの10倍以上大きかったな」
リナはシンノスケの額に手を添えると星空を見上げた。
「こんな綺麗な星空、宇宙ですけど、船乗りにしてみれば危険が一杯の世界なんですよね。宇宙に船出した船乗りが必ず帰ってくるなんて保証は全くない。私は組合の職員として帰ってこなかった船乗りさんを沢山知っています。そんな中でシンノスケさんも何時の日か帰ってこない日が来るかも知れないと思って不安になることもありますし、船乗りの命を奪う宇宙を恨めしく思うこともあります。・・・でも、それを含めてシンノスケさん達は船乗りですし、そんな宇宙が船乗りが働く世界なんですよね」
「船乗りの仕事では生と死は紙一重。でも、俺達はそんな世界でも生きることを諦めないし、そのために最後まで足掻く。船乗りの仕事は無事に港に帰ってはじめて完遂されるものだからね」
「だったら、私はシンノスケさん達が帰る場所で待っています。シンノスケさんだけじゃない、船出した全ての船乗りの皆さんを信じて待つのが私の仕事ですね」
「それはそれで苦労が絶えなそうだ・・・」
「いえ、私は待つことはそんなに嫌いじゃないんですよ」
「そうか・・・」
「・・・クスクス」
再びシンノスケを見たリナはふと気がついたように笑いだした。
「俺、何か変なこと言ったかな?」
「いえ、そうではないんです。私、嬉しくなっちゃって」
「嬉しくなった?」
「ええ、だってシンノスケさん、初めて私に敬語を使わないで話しているんですよ。ミリーナさんやセイラちゃんみたいに。やっと2人に追い付けたかなって」
気がつけばいつの間にかシンノスケはリナに対して素の言葉で話している。
「そういえば、そうだった」
「だから嬉しかったんです。何時かシンノスケさんのトーチギ弁も聞かせてくださいね」
「???」
キレると『無意識』にトーチギ弁が炸裂するシンノスケはリナの言っていることが理解できない。
星空の下、リナはシンノスケを独り占めする幸せを噛み締めていた。




