事件の知らせ
宇宙環境局を後にしたシンノスケはマークスとミリーナと別れ、アイラと2人でアイラの船の購入について相談するためにサイコウジ・インダストリーに戻ってきた。
「お待ちしていました」
応接室でシンノスケ達を迎えたハンクス。
「ハンクスさん、こちらはアイラ・1428M・・さんです」
ハンクスにアイラを紹介するシンノスケだが、その様子を見たアイラが苦笑する。
「シンノスケ、アイラでいいわよ。1428Mさんなんて変でしょう。ハンクスさんも私のことはアイラと呼んでくれて構わないわ」
「分かりました、アイラさん。早速ですが、本日はアイラさんの護衛艦の相談とのことですね。予めいくつか候補を上げておきましたが、何がご希望があればお聞かせください」
事前に依頼していたこともあり、ハンクスは何隻かの船をピックアップしてくれていたようだ。
「私はシンノスケと違って1人で仕事をしているから単独運用に適した船がいいわ。武装はそれほど重武装でなくてもいい。・・・そうね、標準的なコルベット程度でいいわ。その分スピードと機動力を重視。ペイロードは100トン以上あればいいわ」
アイラの希望を聞いたハンクスはピックアップしていた中からアイラの希望に適う船を絞り込んでアイラに提示する。
「こちらの2隻は如何でしょう?どちらも中古ですが、実戦配備されているフリゲート艦です」
「・・・ゴースト型とカゲロウ型ね。どちらも良い船だわ。強いていうならばゴーストの方が好みかしら」
アイラの感想を聞いたハンクスはゴースト型の詳細なデータを示した。
「こちらはF-G002Aファントム、ゴースト型フリゲート2番艦です。宇宙軍辺境パトロール隊で運用されていたものですが、新型艦に更新されたことに伴い退役して下取りに出されたものです。軽微な修理歴はありますが、大きな損傷を受けたことはありません。なかなかの掘り出し物です」
ハンクスがアイラに示した情報を横から覗き見るシンノスケ。
提示された金額は相場価格に比べるとかなり安いが、格安という程ではない。
常識的な値引きに加えてシンノスケの紹介ということでの追加値引きと、運用データ提供についての契約込みの値段だ。
アイラはまじまじと端末上のデータを確認する。
データ上の性能はアイラの条件に適っているようだ。
「値段も手頃だし、いい船だわ。ただ、現物を見てみないと決められないわ」
アイラの言葉にハンクスは頷く。
「分かりました。それではファントムを本社のドックからこちらに回送します。実際に見て、乗ってみて決めてくだされば結構です。きっとご満足いただけるものと確信しております」
「手間を掛けるけど、それでお願いするわ」
とりあえず、現物を見てから決めるとのことで、今日のところの交渉はひとまず終了。
紹介役のシンノスケの出番もここまでで、後はアイラとサイコウジ・インダストリーの交渉次第だ。
アイラと別れてドックに戻ろうと歩きだしたシンノスケ。
軌道交通システムを利用すれば10分程度で帰れるが、歩いても大した距離ではないので散歩がてら歩いて帰ることにした。
「カシムラさん、よければ乗っていきませんか?ドックまでお送りしますよ」
街中で声を掛けられて振り返ってみれば、歩道脇に停止している車の運転席から軍情報部のセリカ・クルーズ少佐がシンノスケを見ている。
私服姿なので非公式の接触なのだろう。
シンノスケにしてみれば送ってもらう必要はないし、歩いて帰るつもりなのだが、後部席のドアは既に開いており、断れない雰囲気だ。
少佐にしてもシンノスケをわざわざ送っていく趣味もないだろうから、用件があるのだろう。
「・・・手短にお願いしますよ」
どうせ断るという選択肢を選ばせてくれないのだから少佐の誘いに乗るしかない。
シンノスケは少佐の運転する車に乗り込んだ。
この位置から車なら5分程度でドックに到着するのだが、案の定、車はドックとは別の方向に向かって走り出した。
「一応言ってみますけど、方向が違いますよ」
言うだけ無駄だろうが、きっかけ作りも兼ねて少佐に尋ねてみる。
「申し訳ありませんが、少しだけ遠回りをします。15分程度お付き合いください」
少佐は悪びれる様子もない。
「・・・で、用件はなんですか?ラングリット准将がまた何か画策していますか?」
シンノスケの問いに少佐は首を振る。
「今からお話しする件に准将が関係していれば私達も千載一遇のチャンスだったのですが、今回の件に准将は直接的には関係していないようです」
「間接的に関係しているかもしれないが、関係していても尻尾を出すようなヘマはしない、というところですか?」
「まあ、そうかもしれませんが、准将も今は我々の目を警戒して大人しくしています。今回は無関係と見ていいでしょう」
なんとも回りくどい言い方だ。
「なら、今回の件とは?准将は関係なくても私には関係あることですか?」
「まあ、そうなりますね」
シンノスケはため息をついた。
どうせろくでもない話だろう。
「聞きたくありませんが、聞かないわけにもいかないんでしょうね?」
「聞いておいて得にはなりませんが、損にもならないことですよ。・・・実は、まだ公にはされていませんが、3日前、アクネリア恒星州、首都星アクネリアに向かっていた沿岸警備隊の船がテロにより撃沈される事件がありました」
「・・・その事件と私に何の関係が?」
「撃沈されたのは沿岸警備隊の輸送船、沿岸警備隊の物資の他にアクネリアの監獄に収容する重犯罪の囚人48名が乗っていました。表向きは乗組員、囚人共に全員死亡ということになっています」
「表向きは・・・ですか」
この先は聞かなくても少佐が何を伝えようとしているのか予想がつく。
「お察しのとおり、死亡とされている囚人の中にカシムラさんが捕縛した海賊ベルベットも含まれています」
「・・・・」
シンノスケは心底うんざりした。
ベルベットとは二度と関わり合いになりたくない。




