想定外の事態
『不測の事態が進行中です』
珍しく緊迫した様子のマークスの報告にシンノスケは即座に動く。
「メモリーを回収したら直ぐに退艦する。マデリア、メモリー回収を急いでくれ」
「かしこまりました」
「ミリーナはアイラさんを連れて一足先にヤタガラスへ。俺達も直ぐに後を追う」
「分かりましたわ」
「マークス、直ぐに戻るからその前に受信した信号の解析をしておいてくれ」
『既に完了しています。国際遭難信号に類似している周波ですが、これはそもそも船舶信号ではありません。何等かの理由により自然発生したものと推定』
「了解した。詳しい報告は戻ってからでいい。マデリア、メモリーの回収にはあとどのくらい掛かる?」
「完了しました」
「よし、俺達もヤタガラスに戻ろう」
シンノスケとマデリアはA884のブリッジから飛び出した。
ブリッジを出て艦内通路を駆け抜けて連絡通路の手前まできたところ、先にヤタガラスに戻っていた筈のミリーナとアイラがそれぞれサーベルとブラスターを構えて通路の先を凝視している。
「ミリーナ、どうし・・た?」
ミリーナ達の視線の先に直径1メートル程の岩石が転がっていた。
「何だ、もしかして船体に穴を開けたのはこの岩か?・・・ちょっと待て、俺たちが乗り込んできた時にあんな岩転がっていたか?」
「間違いなくありませんでしたわ。あの岩は私たちがアイラさんを助けている間にここに来たのですわよ」
・・キィィィィィィ・・
ミリーナのサーベルが甲高い音を響かせている。
サーベルの刃が超高速で振動している音だ。
『マスター、追加報告です。周辺に微小の小惑星のような岩石が集まってきています。大きさ50センチから1メートル程、数は21。対象の岩石から先程の信号らしきものが発信されています。警戒を要します!』
マークスの報告をマシンガンを構えながら聞くシンノスケ。
「確かに警戒が必要だな。多分、今俺達の目の前に同じものある・・・いや、いるぞ」
『目の前にいる?』
その時、シンノスケ達の前に転がっていた岩石がその形を変え始めた。
岩石の下半分が放射状に開き、その中から無数の触手のような物が現れる。
触手の根本には赤い目のような球体があり、シンノスケ達の方を向いている。
その異形は明らかに生物であり、その形状はまるでクラゲのようだ。
ミリーナがサーベルを構えて腰を落とし、ジリジリと前に出始める。
間合いを詰めて一足飛びに斬り掛かるつもりだ。
「ミリーナ、待て」
シンノスケの言葉にミリーナは歩を止めるが、その視線は一瞬たりとも目の前の異形から外さない。
「どうしますの?外皮は固くて斬り裂けなくても触手や目玉ならば斬れますわよ?」
「待て、あれに敵意があるかどうか分からない。無闇に手を出さない方がいい」
「少なくとも、私の目には友好的には見えませんわよ?」
額の目を開き、異形を睨み付けるミリーナ。
全身がピリピリと帯電しているかのような緊張感と迫力だ。
「いや、敵意があるなら既に攻撃されている筈だ。俺達が乗り込んで数時間。いや、A884が攻撃されてから10日以上の間、あれは艦内にいたのかもしれないが、艦を壊した以外の行動をしていない。こちらから手を出すのは得策ではない・・・ような気がする」
「だったらどうしますの?」
「このままゆっくりと連絡通路に近づき、そのままヤタガラスに戻ろう」
4人はゆっくりと、目の前の異形クラゲを刺激しないように連絡通路へと近づく。
「見てます・・・見てますわよ・・」
「ええ、絶対に私達のことを見ているわ・・・」
「ミリーナもアイラさんも余計なことを言わない。このまま、大丈夫だ・・・と思う」
異形クラゲの赤い球体に瞳のようなものは認められないが、シンノスケ達の動きに合わせて動いている。
目のような感覚器官であることに間違いなさそうだ。
4人はいよいよ連絡通路までたどり着いた。
異形クラゲの方からは近づいて来る気配は無いが、複数の触手の中で特に長い2本の触手が届く範囲だ。
最初にアイラが、続いてミリーナ、マデリアが無事に連絡通路に入る。
最後にシンノスケだが、異形クラゲに動きはない。
連絡通路に入ったシンノスケは扉をロックした。
「マークス、連絡通路に入った。ヤタガラスをA884から離脱させてくれ。ゆっくりとだ」
連絡通路を駆け抜けてブリッジに向かうシンノスケ。
シンノスケがブリッジに戻るのを待つことなくヤタガラスはA884から離脱した。
ブリッジに戻ったシンノスケは直ぐに艦長席に着くと周辺の状況を確認する。
マークスの報告通りヤタガラスとフブキの周囲に異形クラゲと同じような岩石が無数に集まってきていた。
マークスの報告から更に数が増えているようだ。
「あれの正体がなんであるかは分からないが、アイラさんのA884を破壊したのはあれで間違いなさそうだ。アンディ、艦のシールドを最高出力にまで上げろ。こちらからの攻撃は考えなくていい。完全防御態勢だ」
『了解』
異形クラゲに囲まれたヤタガラスとフブキは艦のエネルギーシールドを最大出力で展開した。
異形クラゲの攻撃は文字通り球体の身体による体当たりだろう。
A884の装甲を破り、船体を貫通する程の威力がある筈だ。
宇宙船のエネルギーシールドはビーム砲やスペースデブリから船体を守るためのものであり、大口径、大質量で高速で飛来する実体弾だとその威力を消し去ることができずにシールドを貫かれてしまうことがある。
岩石状の外皮を持つ異形クラゲの体当たりは実体弾程度の威力はありそうだ。
エネルギーシールドがどこまで通用するか分からないが、多少の干渉効果はあるだろう。
あとはヤタガラスとフブキの装甲がたよりだが、それよりも攻撃されないことに越したことはない。
「フブキ、ゆっくりと後退。決して刺激するなよ」
『りょ、了解』
ヤタガラスとフブキはゆっくりと後退を開始した。




