二次遭難は絶対ダメ
A884が通過した航路標識ステーションに向かう途中のフブキ。
当然ながら探索波を最大出力で発しながらの航行だ。
「あれ?・・・右舷側通常航路外に小惑星帯。この宙域には元々小惑星帯がありましたけど、その小惑星帯が航路側に張り出してきていますね」
セイラは航路のデータと探知した小惑星帯を見比べた。
直ちに影響が出る程ではないが、通常航路の付近まで小惑星帯が接近している。
しかも、かなり密度の濃い小惑星帯だ。
「アイラさん、もしかしたら小惑星帯に迷い込んだとか・・・」
エレンが呟く。
「その可能性は低いですわ。わざわざ航路を外れて小惑星帯に入り込むなんて通常では考えられません。可能性はゼロではありませんが、小惑星帯の中に入るのは危険すぎます。とりあえず目的の宙域に向かいましょう」
熟練の護衛艦乗りがわざわざ航路を外れて小惑星帯に迷い込むことはあり得ないが、一方で通常航路上で忽然と姿を消すなんてことも考えられない。
ミリーナも小惑星帯は気になるが、確たる証拠もないまま危険を冒すわけにはいかない。
フブキはそのまま航行を続け、捜索開始予定宙域に到着した。
残念ながら往路ではA884の手掛りは発見出来なかった。
捜索を開始して1週間、捜索は思ったように進まず、A884の手掛かりすら見つからない。
アイラを見つけたい気持ちが強すぎてなかなか先に進むことができないのだ。
捜索した範囲であっても何か見落としているかもしれないという思いと、まだ捜索していないこの先にいるかもしれないとの相反する思いが交錯し、捜索の足を鈍らせているのである。
「このエリアにもいません。どうしますか?次のエリアに移動しますか?」
セイラの問いにミリーナが頷く。
「・・・もう少し・・・いえ、やっぱり次に進みましょう」
次の宙域に進もうとするが、どうしても後ろ髪を引かれる思いがあり、操舵ハンドルやスロットルレバーの操作が鈍い。
捜索は遅々として進まず、時間ばかりが過ぎてゆく。
(シンノスケ様はこうなることを予測していたのかしら?)
捜索対象がよく知るアイラであるために余計に判断が鈍り、気持ちだけが空回りしてしまう。
それもこれもミリーナやセイラの未熟さ故のことであり、ミリーナ自身、その現実を思い知らされたのである。
そして、なんの成果もないまま予定の2週間が経過した。
「・・・仕方ありません。このまま帰還しましょう」
ミリーナは絞り出すような声で捜索終了をクルーに告げる。
残る希望は帰路の道中だけだ。
しかし、大見得を切ってここまで来たのにエネルギーと物資を消費しただけ。
ミリーナもそうだが、セイラも、他のクルーも何もなし得なかった無力感に苛まれており、これ以上はモチベーションを保てそうにない。
そんなミリーナ達の様子を見てアンディは一抹の不安を感じていた。
(アイラさんには申し訳ないけど、このまま何事もなく帰還できればいいな)
ここまでモチベーションが落ちてしまうと想定外の事態が発生した時にクルーの士気が崩壊する可能性がある。
そして、そんなアンディの不安が現実のものとなったのは帰路について4日目のことだった。
「小惑星帯が更に張り出してきていますわね」
往路で確認した小惑星帯の張り出しが更に広がっている。
通常航路ギリギリだ。
「航路情報によれば、該当の小惑星帯は規模が大きく、本流の速度は極めて低速ですが、常に形や位置を変えながら流れているようです。密度も濃いので非常に危険です。近寄らない方がいいでしょう」
マデリアが小惑星帯の情報を報告する。
確かに無闇に接近するべきではないだろう。
ミリーナが舵を切ろうとしたその時。
「「信号受信!」」
突然セイラとエレンが声を上げた。
ミリーナが動きを止める。
「何処からですの?信号の種類は?」
「小惑星帯の中。直ぐに途切れましたので位置は不明、微弱すぎて詳細判明しません!」
セイラが記録した信号データをモニターに表示した。
確かに何等かの信号のようだが、受信したデータ量が少なすぎて遭難信号とは特定出来ない。
場合によっては自然の電磁波の乱れの可能性もある。
ただ1つだけ間違いないのはその信号なり、電磁波の乱れなりは小惑星帯の中から発信されていること。
そして、おそらくこれが最後の望みだということだ。
ミリーナは決断する。
「小惑星帯の中を捜索しま・・・」
「駄目です、ミリーナさん!」
ミリーナの声をアンディが遮った。
「どうしてですの?初めて得られた僅かな手掛かりですのよ!もしかしたらこの中にアイラさんがいるのかもしれないのですよ!」
ミリーナの言葉にセイラもエレンも無言のまま同意する。
マデリアは無反応だ。
「確かにそうかもしれません。それでも駄目です。俺達の捜索活動は既に終了しています。今はただ帰るためにこの宙域を航行しているだけです。不確定な情報のために艦とクルーを危険にさらすわけにはいきません。二次遭難だけは絶対に避けなければいけません!」
「でも、もしアイラさんが・・・」
「今のフブキの艦長は俺です。俺の指示に従ってください!」
「・・・」
アンディは胃がキリキリ痛む中、毅然とした(つもり)態度を示す。
「それに、この小惑星帯は密度が濃過ぎます。フブキのレーダーでも捜索は困難だし、困難どころか航行するだけでも危険です。いくら精密操艦が得意な俺でもこんな小惑星の中を進む自信はありません。それでも行くというならば俺はフブキの艦長の権限と責任の下、ミリーナさんの艦長補佐の職を解きます」
アンディは胃がもぎれそうになりながら自分の責任を果たそうとする。
シンノスケの言った通りになったが、ほんの少しだけシンノスケを恨む。
(クソッ、シンノスケさんめ!合成フルーツ茶が売り切れてしまえばいいんだ!)
心の中で斜め上の恨み節を唱えるアンディ。
「申し訳ありません。アンディもシンノスケ様にそう言われていたのですね?感情が先走って・・・私の悪い癖ですわ。船乗りとしてまたまだ未熟ですわね」
「私もすみません。目の前のことに囚われてシンノスケさんの言葉を忘れてしまいました」
申し訳なさそうに、それでいて辛そうなミリーナとセイラの様子を目の当たりにしてアンディの胃は限界だ。
(クソッ、クソッ!合成フルーツ茶なんか販売中止になればいいんだ)
「それじゃあここからは俺が操縦します」
アンディはミリーナと操縦を交代して操縦席に着く。
念の為に微弱な信号を受信した宙域をマーキングしてからスロットルレバーに手を掛けた。
「所属不明船接近!」
エレンの報告にブリッジに緊張が走る。
「位置は?航行識別信号は出ているか?」
火器管制システムを起動しながらアンディがエレンに確認する。
「方位11±0、距離140。こちらに接近してきます。航行識別信号確認。サリウス恒星州自由商船組合所属、護衛艦・・・あれ?」
「エレン、どうした?」
「サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦であることは間違いないんだけど、艦別番号のデータが無いのよ」
アンディも識別信号を確認するが、確かに該当する護衛艦のデータが無い。
「艦別番号が新しい・・・。新規登録艦か?」
接近してくる艦の素性が明らかにならない限りは警戒を解くわけにはいかない。
高まる緊張の中、アンディの胃の痛みは何処かに消え失せていた。
「該船から通信。あっ、これ、シンノスケさんです!」
通信を傍受したセイラの声が明るくなる。
『護衛艦フブキ、こちら護衛艦ヤタガラス!言いつけを破って無茶をしていないだろうな?』
スピーカーから流れる声は間違いなくシンノスケだった。




