事故は自己責任
サリウス恒星州に帰還したフブキとツキカゲ。
手続きのために自由商船組合を訪れた一行はそこで思いがけない事実を聞かされた。
「アイラさんのA884が戻らない?」
「はい。ラングルド商会の船団とレグさんのジャベリンは既に帰還しているのですが、6325恒星連合国で任務を終えて先に帰路についた筈のアイラさんのA884が未だに戻らないんです」
リナの説明によれば、6325恒星連合国の首都コロニーで補給を済ませたアイラは特に新しい仕事を受けるでもなくサリウス恒星州へと帰還の途についたそうだ。
帰路については危険を避けた航路を航行すると申告していたそうで、事実、その途中にある航路標識ステーションの付近を通過した記録があるが、次に通過すべきステーションを通過していないらしい。
「単独で航行している護衛艦を宇宙海賊が襲うとも思えないし、事故か何らかの理由で遭難した可能性がありますね」
「そうだと思います・・・」
アイラが遭難したと思われる宙域が判明しているとしても、そこは広大な国際宙域の真っ只中で、航路を少し外れれば小惑星帯や超重力帯が点在している宙域だ。
「これはちょっと厳しいかもしれませんね。捜索や救助は?」
「組合から沿岸警備隊に通報して巡視船5隻が該当宙域で捜索に当たっています」
リナの言葉にセイラとミリーナが驚きの声を上げる。
「「たった5隻?」」
2人が驚くのも無理はない。
該当宙域は普通に航行しても通過するのに5日程掛かる宙域だが、それはあくまでも一直線に進めばのことだ。
実際には更に広大な空間が広がっており、5隻程度の船でどうにかなる問題ではない。
5隻の巡視船では10日掛けても該当宙域の5パーセントも捜索できないだろう。
「もっと船を出せないんですか?」
「そうですわ、あまりにも少なすぎますわ!」
セイラとミリーナが憤るのも無理はない。
2人とも幾度も危険を潜り抜けて、船乗りとしては成長したが、アイラのように親しい船乗りが事故にあったのを目の当たりにしたことがないのだ。
そのような事態の時にどうなるのか、ということを知らないのである。
「自由商船に限らず宇宙船が行方不明になることは決して珍しいことではない。いや、確かに事故の遭遇率というのはとても少ないが、それでも事故は起きてしまう。通常遭難や宇宙海賊の襲撃、空間跳躍の事故等がある。救難信号でも発信されれば探しようもあるが、そうでない場合、とても探しようがないからな。救難や治安維持が主任務の沿岸警備隊でも大量の船を捜索に投入するわけにはいかないんだよ」
シンノスケの説明は頭では理解できるが、感情的に納得できない。
しかも、遭難しているのが2人もよく知るアイラともなれば尚更だ。
「あの、シンノスケさん」
「でしたら私達も・・・」
懇願しようとする2人の言葉をシンノスケは遮る。
「行かないぞ!」
「「えっ?」」
「フブキで捜索に行きたいというならば、俺は行かないぞ」
予想外のシンノスケの言葉に2人は絶句する。
「そんな・・・」
「ちょっと冷たいんじゃありませんの?」
2人の視線を受けてシンノスケは肩を竦めた。
「当然ながら船を出すとなれば金が掛かる。捜索の依頼でもあれば話は別だが、自由商人の船が遭難しても依頼を出す者なんていない。自腹を切るにしても損害が馬鹿にならないからな。自主的に捜索に出る奴なんていないよ」
冷たく突き放すシンノスケの言葉を聞いた2人はリナの方を見るが、リナも無言で首を振るだけだ。
「仮に捜索に出たとしても沿岸警備隊同様に探しようがない。いくらフブキの索敵機能が優秀でも、該当宙域の広さを考えると何の役にも立たないぞ」
人類が宇宙船で宇宙を行き来しているといっても、宇宙はとてつもなく広大で危険に満ち溢れている。
そんな宇宙を前にして船乗り達は自分の腕と船を信じ、自らの責任で漕ぎ出すのだ。
シンノスケが常日頃から言っているとおり『事故と弁当は自分持ち』の世界なのである。
「でっ、でしたら私が報酬を出しますわ、依頼ということなら問題ありませんわよね?」
「私も、少しですが」
さらに食い下がる2人だがシンノスケは首を縦に振らない。
「自分で依頼を出して自分で受けるなんて馬鹿なことをする自由商人なんかいないし、仮に依頼を出しても引き受ける者はいないぞ」
シンノスケ言葉にリナも同意する。
「2人共、心配なのは分かりますし、私も心配です。でもこればかりはどうにもならないんです。沿岸警備隊がアイラさんを見つけてくれることを期待して待ちましょう」
セイラもミリーナもシンノスケ達から言われていることは分かっているのだが、分かっているのにじっとしていられないのだ。
そんな2人を見てシンノスケは深くため息をついた。
「・・・俺とマークスは別に用事があるから行くつもりはない。しかし、暫くの間はフブキを使う予定もない。訓練でも、自主捜索でも、自分達の責任で出航するなら好きにすればいい。但し、何度も言うが、俺とマークスは行かないぞ」
シンノスケの言葉を聞いてセイラとミリーナは互いに顔を見合わせて頷く。
「だったら私達だけで行きますわ」
「はい。アイラさんを探しに行きます」
息巻く2人だが、そんな2人の気持ちにリナが水を差す。
「でも、2人だけでは行けませんよ。セイラちゃんもミリーナさんも、管制通信や操縦士の資格はあっても艦長資格までは持っていませんよね。艦長や船長の資格無しに単独航行には出られませんよ」
肝心なことを失念しており、出ばなをくじかれたセイラとミリーナ。
2人共に俯いてしまう。
「んっ、うんっ!」
突然のシンノスケの咳払い。
2人が顔を上げると、アンディの肩を叩くシンノスケの姿。
リナも微笑みを浮かべながらアンディのことを見ている。
「えっ?・・・おっ、俺?」
アンディは艦長の資格を持っている。




