気持ちを切り替えて
「200回目、ありがとうございます!」
6325恒星連合国での覚悟の損失を引きずりながらダムラ星団公国にやってきたシンノスケ達。
激しくなりつつある戦火を逃れて辺境のコロニーでシンノスケ達を出迎えたレイヤードだが、シンノスケを見るなり突拍子もないことを言い出した。
「なんですか、突然。何が200回で、何がありがとうございますなんですか?」
「今回で200回に達しまして、私共を支えてくださった全ての皆様に感謝を申し上げます」
レイヤードの言葉がさっぱり分からないシンノスケ。
「ですから200回って何の回数ですか?」
聞けば、レイヤード商会が事業を拡大して、他国の商人らとの取引を行うようになってから、一定以上の収益を挙げた取引の回数なのだそうだ。
「その記念すべき200回目の取引が今回のカシムラ様との取引ということです」
そんなことを言われても、まだ今回の取引そのものが始まっていない。
「そういったことは取引成立後の話ではありませんか?」
シンノスケの言葉にレイヤードは頷く。
「まあ、その通りではあるのですが、私共としましては、カシムラ様との取引は双方に利益がある、成功が約束されたようなものですから」
そんなことを言いながら取引を有利に運ばうとしている魂胆が見え見えだ。
しかも、その魂胆を隠そうとしていないところが憎たらしい。
「そうですね。お互いに利益があることは間違いありませんからね。ところで、記念すべき200回ということで、何か特典的なものはあるのですか?」
カマをかけるシンノスケにレイヤードは一気に笑顔を消して素に戻る。
「いえ、特にそういったものはございません。いつもと変わらぬ取引です」
レイヤードの言葉に拍子抜けするシンノスケ。
結局、その後の取引は普段と代わり映えのない、いつも通りの取引となった。
取引終了後、シンノスケとレイヤードは情報交換を行ったのだが、どうやらダムラ星団公国とリムリア銀河帝国の戦況は芳しくないらしい。
「元々押されがちでしたが、ここにきて帝国が攻勢を強めていますね。援軍の艦隊も向かっているとの情報がありますが、そうしますと公国の敗北の道も見えてきます」
「そうなりますと、レイヤードさんも大変ですね」
シンノスケの言葉にレイヤードは飄々とした表情で肩を竦める。
「別に大変ではありませんよ」
「えっ?」
「国は滅びても人々の営みがある以上はそこに商機はある。が私の信条ですからね。国の行く末なんて気にしてはいられませんよ。商機なんて何処にでも転がっています。我が商会は既に公国が敗北した時に備えていますよ」
商魂が逞しすぎる。
シンノスケも見習うべきなのかもしれないが、とてもではないが真似できそうにない。
「しかし、公国がリムリア銀河帝国領になると、私自身がレイヤードさんとの取引が困難になりますね」
「それも問題ありません。そうなった場合にも備えています。その際の取引の方法については改めてご連絡しますのでご心配なく」
今はまだ秘密のようだが、レイヤードはシンノスケを始めとして他国の商人との取引を止めるつもりはないようだ。
公国の存亡に関わらずシンノスケとレイヤード商会の取引は今後も続けられることだろう。
シンノスケにしてもその関係継続は臨むところだ。
これで今回の仕事は全て終了。
船団護衛任務は成功、6325恒星連合国での貿易は失敗。
そして、レイヤード商会との取引はいつも通り。
収支的には黒字だが、シンノスケにとっては満足できない結果となった。
「まあ、この結果は仕方ないな」
「そうですね、落ち込んでいても仕方ありません。気持ちを切り替えていきましょう」
帰りの航路、フブキのブリッジでそんな会話をしているシンノスケとマークス。
「おい、落ち込んでいても仕方ない、気持ちを切り替えろって、最初に現実を見ろって厳しいことを言ったのはマークス、お前じゃないか!」
「あの時のマスターは現実から逃避しようとしていたからです。しかし、いつまでも引きずっているわけにもいきません。気持ちを切り替えていきましょう」
「やかましいわっ」
そう言ったシンノスケだが、その表情は明るい。
マークスに言われるまでもなく気持ちはしっかりと切り替えている。
「しかし、レイヤード商会は大したものだな。公国の窮地の中でも何も憂いていない。あの様子だと公国が滅亡しても本当に影響なく商売を続けるぞ。あの図太さはとても真似できないな」
そんなシンノスケの言葉をセイラとミリーナが否定する。
「あの、シンノスケさんも負けてはいないと思います」
「えっ?」
「そうですわ。商人として比べればレイヤードの足元にも及ばないですけど、シンノスケ様は自由商人である以前に船乗りですわ。船乗りとしてのシンノスケ様なら国が滅びようが、何処に行っても船さえあれば生きていけますわよね?」
セイラとミリーナの言葉にマークスも頷く。
「シンノスケ様に限らず、私もセラもマークスも、アンディとエレン、マデリアも、カシムラ商会の全員が自由商人である以前に船乗りですもの。商売の失敗なんかどれほどでもありませんわ。船さえあれば私達は船乗りなのですから」
ミリーナの言葉にシンノスケも頷く。
こうしてシンノスケ達は無事にサリウス恒星州へと帰還した。




