左遷
シンノスケは不審船に対して通告する。
「貴船に対して臨検を行う」
『そんなことをすればただでは済まないぞ!』
どこまでも強気な不審船だが、シンノスケは聞く耳をもたない。
「拒否するならば強硬接舷する!」
『ふっ、ふざけるなっ!』
「目標の拒否の意志を確認!各艦所定の行動を取れ!」
一度選択するとシンノスケの行動は早い。
命令を受けて各艦は即座に動いた。
シンノスケの指揮艦が片方の不審船の船体にアンカーを打ち込む。
もう1隻の不審船は逃走を謀るべくエンジン出力を上げるが、その機先を制するように2番艦からのエンジンに対する砲撃で航行不能に陥る。
そして、双方の不審船の船体に突入用の通路が叩き込まれた。
『海兵隊突入します!』
海兵隊小隊長の行動開始の報告と同時に海兵隊員がそれぞれの船に突入した。
臨検の実施を通告しているのでここからは抵抗すると容赦はしない。
スペースの限られた船内への突入だからパワードスーツは運用できないが、装甲服に重火器で武装した海兵隊に敵うはずもなく、不審船2隻は瞬く間にブリッジを制圧された。
制圧完了の報告を受けてシンノスケも不審船に乗り込んだ。
ブリッジでは不審船の乗組員達が海兵隊に拘束されている。
海兵隊突入の際に抵抗したのか、負傷している者もいるが、何れも軽傷のようだ。
「データベースを全て洗いましたが、この船が特務艦である事実はありません。貨物室には禁止薬物、盗難品と思料される美術品等が積載されていました」
海兵隊小隊長の説明にシンノスケは頷く。
「やはりただの犯罪者だったわけですね」
「それから、貨物室下にある隠し部屋から若い女性や子供達を保護しました。大尉殿の睨んだとおり、商品としての人間です。国内各所の貧困区から攫われてきたようです」
「やはりそうですか。皆の健康状態は?」
「問題ありません。違法とはいえ、此奴らにとっては高値で取引する商品ですからね。弱っていては価値も下がりますから、その辺は気を配っていたのでしょう」
シンノスケは頷いた。
「それでは、作戦を終了します。沿岸警備隊に通報して拘束した被疑者と証拠品、保護した被害者を引き渡して帰投します」
相手が単なる犯罪者だと分かった以上は軍隊の管轄ではない。
領宙内の犯罪捜査と治安維持を主任務とする沿岸警備隊に引き継いでこの一件は一応の終結となった。
辺境宙域での犯罪船拿捕から1ヶ月、シンノスケは思わぬ立場に立たされていた。
第2艦隊司令部の一室に呼び出されたシンノスケは査問を受ける立場となったのである。
「調査した結果、今回の密輸船の取締りにあたり、カシムラ大尉の判断は誤りがあったと認めざるをえない」
第2艦隊所属の特別査察官と名乗った中佐の言葉をシンノスケは直立不動、無表情のまま聞いていた。
「無論、密輸船を発見して拿捕し、証拠を押さえて被疑者を拘束し、被害者を保護した手腕は評価されるべきものであるが、その後の措置に問題がある。今回の件は第2艦隊所属の軍警察隊に報告し、引き継ぐべきであり、その後に軍警察隊を通じて沿岸警備隊なりに引き渡すべきであった」
これは全くの言い掛かりに近い。
軍警察隊は軍内部の犯罪を取り締まる機関であり、宇宙海賊や密輸船等の犯罪を捜査するのは連邦警察や州警察、沿岸警備隊の任務だ。
今回の件で見れば当初は軍の特務艦を騙っていたのだから軍警察を通しても間違いではないが、結果的には単なる犯罪船だったので沿岸警備隊に引き継ぐのが妥当な手続きである。
仮に今回の事件について殊更に第2艦隊所属の軍警察を通せというならば、警察機関に直接引き継がれては困る者が存在するのかもしれないが、それはあくまで可能性の話でしかない。
「それでも調査の結果から判断すれば、今回は不審船拿捕の功績の方が大きい。よって、今回の大尉の不手際については不問とする。その上で、その功績に報いるために大尉には新しいポストを用意した。大尉には第34補給基地の責任者として赴任してもらう」
第34補給基地とは第2艦隊が管轄するサリウス恒星州とイルーク恒星州の境界、両恒星州の外縁にある小惑星に建設された無人補給基地だ。
物資の管理から艦船への補給作業に至るまで全てオートメーション化されており、無人基地の名のとおり、人員は配置されていない。
つまり、その基地の責任者として赴任しろというのはあからさまな左遷だ。
あまりにも理不尽な人事だが、シンノスケの表情は変わらない。
理不尽だろうが、あからさまな左遷だろうが、決定事項ならばシンノスケが異を唱えても覆ることはないだろう。
しかしながら、作戦の責任は全て指揮官が負うべきものとの軍隊の原則に従い、今回の理不尽な人事がパトロール隊の部下達に及ばなかったのが不幸中の幸いだ。
ここで下手に異論を唱えて部下達に影響が及ぶことは絶対に避けなければいけない。
「第34補給基地配属、拝命します!」
シンノスケは理不尽な人事を受け入れた。
シンノスケが第34補給基地にたった1人で赴任してから半年が経過した。
嫌がらせのような人事で赴任させられたシンノスケだが、元々が無人基地であり、基地への物資搬入や艦船の補給が行われるのも10日に1度あるかどうかで、それも全て自動で行われるためシンノスケ自身はやることがない。
宇宙の真ん中の誰もいない基地で何もすることが無い環境では精神に異常をきたす恐れすらあるが、そこはそれ、生真面目で責任感の強いシンノスケは基地の管理システムと貯蔵物資の徹底したチェックを行い、その結果、一部の部隊で管理システムを不正に操作して補給物資を水増ししている不正を暴いてみせたのである。
しかも、シンノスケはその事実について確定的な証拠と共に宇宙艦隊司令部と軍警察本部の両方に正式なルートで報告したので、都合の悪い連中が事実を隠蔽することもできず、宇宙艦隊内部に綱紀粛正の嵐が吹き荒れ、複数の軍幹部が更迭される事態にまで発展した。
しかしそれは「一部」の高官の不興を買うことになり、更なる配属換えを招くことになった。
第34補給基地の執務室の端末に送信されてきた異動辞令。
『第128観測所への転属を命ずる』
たった一文のみの第2艦隊司令部からの命令。
曲がりなりにも士官に対してデータ送信だけの辞令など、前例が無いほどの冷遇だ。
しかも、赴任先はこれまた辺境宙域にある観測所、リムリア銀河帝国方面を警戒する無人のレーダーサイトだ。
「これはもう、潮時か・・・」
立て続けにあからさまな嫌がらせの辞令を受ければ流石のシンノスケも嫌気がさす。
昇進には興味はないが、このまま軍に残ってもろくな未来はないだろう。
幸いにして現在は部下も同僚も居ない無人基地勤務だから周囲に迷惑が及ぶこともない。
シンノスケは士官学校から今まで、10年を費やした軍人としての人生に見切りをつけた。
選択をした後のシンノスケの行動は早い。
シンノスケが去ったところで後任者が赴任してくる役職でもないので引き継ぎの必要もない。
事務手続きに従って除隊申請を行い、これまた事務的に手続きが進められて、あっさりと除隊が認められた。
その後、退職金を受け取ったシンノスケは何の未練もなくアクネリア銀河連邦宇宙軍を後にしたのである。
因みに、シンノスケに対する冷遇人事と、それに伴ってシンノスケが除隊したことで連邦宇宙軍内において問題が発生することになるが、それはまだ少し先のことだ。
とりあえず、序盤の2話を一度に投稿しました。