何故狙われた?
護衛艦ジャベリンの艦長であるレグはタスクリア人の特有の思考を持っている。
それは、徹底的に無駄を排し、物事を合理的に判断すること。
保有する護衛艦も最新式のミサイルを多数装備している一方で、船体各所の修理箇所の塗装をしないため外観的にはボロ船にしか見えない。
そんなレグがメビウス級巡航艦に対応するのに選択した戦法が対艦ミサイル10発の大盤振る舞いだった。
レグが放った対艦ミサイルの威力ならば2発も命中させれば巡航艦を完全に沈められる。
最新型で高価なこのミサイルは命中精度も高いので迎撃されることを想定しても巡航艦相手なら5、6発も撃てば十分だ。
それでもレグは迷うことなく貴重なミサイルを10発も撃ち放った。
一見すると無駄撃ちにのように見えるが、これこそがレグか合理的な選択をした結果だ。
メビウス級巡航艦を確実に撃沈し、戦闘艇の帰還の道を閉ざし、他の艦の戦意を削ぎ、もう一方の巡航艦をA884の射程内に追い込むことが狙いである。
そんなレグのジャベリンがメビウス級巡航艦を撃沈したことを契機に勝敗が決した。
必要以上のミサイルの乱れ撃ちにより、巻き添えを恐れたアクア・アロー級巡航艦がミサイルの標的となったメビウス級から離れようとするが、アイラがそれを許さない。
『逃さないわよっ!』
A884を急加速させると、目の前に追い込まれたアクア・アロー級のメインエンジンを主砲で撃ち抜いて撃沈させる。
アイラがもう1隻の巡航艦を撃沈したことにより、船団の進路が完全に開いた。
残すは戦闘艇4機と後方の駆逐艦1隻のみだ。
「戦闘艇が散開、離脱を開始しました。離脱が遅れた1機を撃墜」
マークスの報告のとおり、母艦を沈められた戦闘艇が離脱してゆく。
そして、後方から追撃してきたファイア・ダガー級駆逐艦が反転して離脱を図る。
帰還する場所を失った戦闘艇と戦意を失った駆逐艦。
最早彼等が生き残る術は早急にこの宙域から離脱するしかない。
そして、母艦を失った戦闘艇のパイロットは戦闘艇を捨てて駆逐艦に回収してもらうしかないのだ。
「敵艦の離脱を確認。各護衛艦は警戒態勢を維持しつつ船団護衛を続けます。6325恒星連合国の領域は目前ですが、最後まで油断しないように」
『『『了解』』』
帝国のゴースト・ユニットも手強かったが、こちらも手練れの護衛艦乗りが揃っており、今回はこちらの方が上手だったため、ゴースト・ユニットを撃退することができた。
しかし、シンノスケ達の懸念は別にある。
「いくら貴重な物資を運搬していたとしても帝国軍のゴースト・ユニットに狙われる理由がわかりません。秘匿する必要があるといっても、この先の護衛にも影響が出ます。可能な範囲でいいので説明してもらえませんか?」
シンノスケはラングルド商会の船団の指揮船であるオリオンの船長に尋ねた。
『・・・私共が運んでいる金属の大半は金です。他にも金のように貴重な金属ばかりで、全て6325恒星連合国の貿易商に売却する商品です』
ラングルト商会が運んでいたのは金。
太古の昔から経済の根幹にあり、その価値が変わらない貴重金属だ。
『ちょっと待って。こんなに大量の金を取引するって、まさか6325を経由して、戦争が長引いていて軍資金が必要な帝国に流れるんじゃないでしょうね』
アイラの言葉には怒りがこもっている。
『私共現場の人間に取引の目的の詳細は伝えられていませんが、私達が6325恒星連合国の貿易商と取引をすることは正当な商取引で、手続きに不備は無く、自由商船組合も認めております』
アイラの言葉を否定することなく、取引の正当性を説くオリオンの船長。
所謂、それが真実なのだろう。
『信じられないわ、帝国の戦争に加担するなんて・・・』
さらなる怒りを露わにするアイラだが、感情論はともかく、ラングルド商会の手続きには何らの瑕疵がないことも事実だ。
ラングルド商会が6325恒星連合国に売った物を6325がどうしようと、どこに売却しようと、それは6325の裁量で、自由であり、取引が成立している以上はラングルド商会も口出しをすることではない。
アイラもそのことについて、頭では理解しているからラングルド商会を、ましてや現場の人間をこれ以上非難することは出来ないのだが、気持ちが収まらないのも事実だった。
因みに、レグについてはアイラ達の話を聞いてはいるが、レグ自身は興味が無い様子で、何も言うことなくポーカーフェイスを保っている。
そもそも、表情の変化が希薄なタスクリア人の気持ちを読み取ることは困難だ。
アイラは怒りを露わにし、レグは何を考えているのか分からない。
それでもラングルド商会が法に違反していない以上は護衛任務を全うしなければならない。
そんなアイラ達のやり取りを聞いていたシンノスケだが、どうにも腑に落ちない。
「しかし、帝国に流れる予定があるならば帝国のゴースト・ユニットが仕掛けてくるのはおかしいですね」
『そりゃあ、6325を経由するよりも直接奪った方が得だからじゃない?』
アイラの考えにブリッジで聞いていたミリーナやセイラも頷くが、シンノスケは釈然としない表情だ。
「しかし、それだと6325恒星連合国と帝国の関係にヒビが入るし、今後は同様の取引を行えなくなる。それに、ダムラ星団公国との戦争中に6325との関係を悪化させるわけにはいかないはずだ。・・・まさか、今回の商品が帝国の手に渡ることを防ぎたい、あわよくば横取りしたい、という勢力が帝国内部に存在するのか?」
結局、シンノスケの疑問の結論が出ないまま、その後は襲撃を受けることなく、船団は無事に6325恒星連合国へと到着した。




