宇宙クジラ調査依頼
サンダース達の依頼を聞いたシンノスケは渋い表情を見せた。
まだ詳しい話を聞いていないので、どうにも判断出来ないが、リスクが大きすぎる。
このリスクは現実的な危険性ではなく、仕事上でのリスクだ。
「宇宙クジラの調査ですか・・・。興味はありますが、詳しく聞いてみないと依頼を受けるも受けないも、何とも言えませんね。先に言っておきますが、宇宙環境局の調査依頼に専念しろと言われるならば、この依頼を受けるわけにはいきませんよ」
神出鬼没で宇宙の神秘と呼ばれる宇宙クジラである。
その調査となると長期間にわたることが予想されるが、その調査に専念するとなると他の仕事が受けられず、とてもではないが割に合わない。
しかし、サンダースとヤンはそんなシンノスケの考えは織り込み済みだ。
「いや、専従で調査に当たっていただく必要はありません。他の仕事を受けながら空いた時間に調査してもらえばいいんです。それなのでお支払する報酬は安めですが、宇宙クジラを発見できなくても問題ありません。その場合は調査した範囲を報告してもらえれば結構です」
サンダースの提示した契約の内容を見ると、確かに報酬は少ないが、他の仕事の合間に調査をすることで報酬を受け取れるならば悪い話ではない。
「しかし、見つけることが非常に困難な宇宙クジラの調査で、見つからなくても報酬を支払うとは、公的な機関の予算支出として大丈夫なんですか」
シンノスケにしてみれば良い話だが、真っ当な自由商人としては依頼人に誠実に対応するべきだ。
金を貰えるから良いというものではない。
そんなシンノスケに対してヤンが笑顔を見せながら説明する。
「その件については心配いりません。実際、私達宇宙環境局の調査船を出したところで宇宙クジラを発見できるかどうか分かりません。自主調査に掛かる費用を考慮するとカシムラさんに依頼する方が遥かに安価ですから。しかも、カシムラさんは宇宙軍に所属していた頃を含めると宇宙クジラに3回も遭遇しています。私の知る限りそんな経験をした船乗りを聞いたことがありません。非科学的ではありますが、私達はそんなカシムラさんの強運に賭けてみようと思ったのです。無論、宇宙環境局でも今回の予算案は通っています」
ヤンの言葉にマークスが反応する。
(マスターの強運?どちらかといえば悪運なのでは?マスターはアクネリア銀河連邦宇宙軍非公式軍規違反の常習者ですよ。いつも余計なことを言って、呼ぶ必要も無い運を呼び寄せ『こうならない方がいい』『こうなってほしくない』という方向に運命が向かってしまいますから・・・)
メモリー内でそう思ってもスピーカーに出さないマークス。
そんなマークスの考えとは裏腹にシンノスケとしてはこの依頼を引き受けても問題ないと考えている。
しかも、基本的な報酬の他に宇宙クジラを発見し、何等かのデータを収集できれば追加の報酬が支払われるということだ。
そうなれば、片手間の仕事とはいえ、少しは真面目に調査しようと思えてくる。
「分かりました、その条件で依頼を受けましょう。但し、契約期間は基本的に3ヶ月単位で、3ヶ月毎にお互いに契約を更新するか否かを判断、その際に報酬についても見直す、ということで」
「はい、そのとおりでお願いします」
マークスの懸念をよそにシンノスケの案にサンダース達も同意した。
お互いの同意が得られたのでその旨をリナに報告して宇宙環境局との契約を済ませたシンノスケ。
フブキは点検整備中なので直ぐには出航できないが、何が良い仕事の依頼はないものかと見繕うことにする。
「今のところ、相変わらずダムラ星団公国方面の運送依頼が多いですね。ただ、リムリアとの戦争の状況が芳しくなく、危険度が上がっていますね。この1ヶ月でダムラ星団公国への運送業務を引き受けて行方不明になった船が9隻。その中には熟練のセーラーさんの船も含まれています」
確かに船乗り、特に自由商人の仕事はリスクの高い仕事も少なくはないし、出航した船乗りが帰ってこない、なんてことも珍しいことではない。
しかし、危険を承知の上で戦争中のダムラ星団公国に向かったとはいえ、僅か1ヶ月の間に9隻もの船が行方不明になっているとは危険を承知で引き受けた自由商人の自己責任で済ませられる数ではない。
「1月で9隻が行方不明?全て行方不明なんですか?戦闘に巻き込まれたり、宇宙海賊に襲われての沈没判定もなく?」
戦闘に巻き込まれたり宇宙海賊に襲われたのならば救難信号を発信する筈だ。
その結果として船が沈んだり行方不明となった場合には沈没として取り扱われる。
一方で真の意味での行方不明というのは、なんの前兆もなく、忽然と破片も残さずに姿を消すことだ。
主に航行不能宙域や小惑星帯に入り込み脱出できなくなったり、空間跳躍の失敗、非常にレアなケースだが運悪くブラックホールに飲み込まれることもある。
また、救難信号を出す暇もなく撃沈された場合も行方不明として取り扱われるが、それでも同じ方面で1ヶ月に9隻は数が多い。
「熟練のセーラーさんの1隻は救難信号を発した直後に消息を絶っていますが、他の8隻はなんの前触れもなく行方不明になっています。沿岸警備隊が捜索と調査を行っていますが、今のところ手掛かりはありません。ですので、ダムラ星団公国方面の仕事は避けた方が良いと思いますが・・・」
リナの心配も分かるが、それを気にしていたら商売にならない。
とはいえ、数が多いとはいえ、ダムラ星団公国方面の運送業務は報酬が安くなっていて割が合わなくなっている。
「運送依頼で目ぼしいのは無いな。今回は貿易にしてみるか」
「貿易となりますと、レイヤード商会ですか?丁度メタルNo.1247を納入して欲しいと連絡がありましたね」
マークスの問いにシンノスケは腕組みしながら天井を見上げた。
確かにダムラ星団公国のレイヤード商会相手の貿易ならば、戦争の只中に行くリスクを上回る利益は期待できる。
「レイヤード商会もいいが、取引相手が1つだけというのもな。先細りではないが、これ以上の成長も望み薄だし・・・」
「しかし、ダムラ星団公国で他の企業と貿易しようとしてもレイヤード商会が先手を打ってくるのでは?」
「確かに。ダムラ星団公国で貿易しようにもあの国の中小企業相手ではレイヤードに先を越されるし、大企業を相手にするには俺達の経営基盤と実績が足りないな」
「そうしますと、新たな商機を見出すのも難しいと考えますが?」
シンノスケはマークスを見るとニヤリと笑った。
「ダムラ星団公国ならな。他の国、例えば6325恒星連合国ならレイヤード商会の手も伸びないんじゃないか?多少のリスクを承知で今回はそちらに目を向けてみよう」