宇宙環境局再び
シンノスケとマークスが暇を持て余してドックと事務所の清掃に興じていたところ、組合のリナから連絡を受けた。
『シンノスケさん、お休みのところ申し訳ありませんが、宇宙環境局のサンダースさんとヤンさんがシンノスケさんにお願いがあるということで、こちらにいらしています。どうしますか?シンノスケさんのドックに行ってもらいますか?』
以前に宇宙クジラの調査の依頼を受けたサンダースとヤンからのお願いというならば指名依頼だろう。
それならばドックに来てもらうよりシンノスケが組合に行った方が早い。
「今から組合に行きますよ。サンダースさん達はそちらで待っていてもらってください」
『分かりました。お伝えします』
トレーニングウェアにクマちゃんのエプロン、作業服にヒヨコちゃんのエプロン姿で清掃作業をしていたシンノスケとマークスは急いで着替えると自由商船組合に向かった。
2人が組合に到着するとリナが応接室を準備してくれており、サンダースとヤンは応接室で待機していた。
「カシムラさん、アポも取らずに急なお話で申し訳ありません」
到着したシンノスケに頭を下げるサンダース達。
「いや、別にやることもなくダラダラしていただけなので何も問題ありませんよ。急ぎの仕事の依頼ですか?」
笑いながら応接室のソファに座るシンノスケ。
マークスはシンノスケの背後に立つが、これはマークスがドールであり、座る必要がないからなのだが、それに加えてマークスの体重だとソファが壊れることはなくとも傷んでしまう可能性があるため、それを避けるためだ。
直ぐにリナが4人分のお茶を持ってきてくれたが、マークスがシンノスケの背後に立っているのを見てシンノスケの前に2人分のお茶を置いて退出する。
「急ぎの仕事というわけではないのですが、自由商人の皆さんは一度仕事に出るとなかなか捕まりませんので、直接組合に来てみました。そうしたら丁度カシムラさんが戻っていると聞きましたので連絡してもらいました」
「まあ、自由商人というのは鉄砲玉みたいなもんですからね」
自虐的に笑うシンノスケにサンダースとヤンが釣られて笑う。
ヤンは出されたお茶を一口飲むと本題を切り出した。
「実はカシムラさんにお願い、無論正規に依頼を出しますが、仕事の依頼があるのです」
「環境局の依頼となりますと、また何かの調査ですか?」
シンノスケの問いに2人は頷く。
「実は、前回の依頼で宇宙クジラの救助を行った際に採取した資料を分析した結果、今まで謎に包まれていた宇宙クジラの生態の一端が明らかになったのです」
「それは貴重な発見ということですか?」
宇宙クジラの謎に迫るとなるとシンノスケも多少は興味が湧いてくる。
「貴重も貴重、歴史的な発見だといっても過言ではありません。こんな素晴らしい発見をし、それを大々的に発表できたなんて研究者として誇らしい限りです。私はもう宇宙クジラにぞっこんです!」
生物学者の一面を持つヤンは徐々に興奮してきて、その迫力にシンノスケは正直ひいてしまう。
「ヤン、少し落ち着きたまえ。私とて今回の発見については驚きと誇りで興奮しているが、カシムラさんが別の意味で驚いているじゃないか」
「あっ・・・すっ、すみません。私ったら・・・」
サンダースに嗜められて頬を赤くするヤンの姿に苦笑するシンノスケ。
「大丈夫ですよ。今回の仕事の依頼も宇宙クジラが関係するのでしたら説明してもらう必要がありますし。その発見とやらにも興味もありますからね」
シンノスケも宇宙を股にかける宇宙船乗りなのだから宇宙の謎と神秘といわれる宇宙クジラの新たな発見となれば興味も湧くが、あくまでも『興味がある』という程度なので、サンダース達との温度差は歴然だ。
シンノスケの言葉を聞いたヤンはお茶をもう一口飲んで気持ちを落ち着かせると説明を続ける。
「宇宙クジラから発信されたクリック音のような信号、宇宙クジラの子供を助けた際の映像記録や採取した宇宙クジラの組織を詳細に分析した結果、宇宙クジラは紛れもなく宇宙空間での生存に適応した生物であることが特定されました。更に宇宙クジラは私達人類をはじめとした惑星の重力下で生きる多くの生物とは異なり、血液のように体内を循環する液体は無く、その代わりに様々な成分を含んだ気体を体内に循環させることにより生命活動を維持していることが判明しました。それだけでも大発見ですが、更に素晴らしい事実が明らかになりました」
「それは?一体何ですか?」
「採取した組織のDNA等を詳細に分析したところ、確かに水生哺乳類であるクジラと似た遺伝子を保有していることが判明したのですが、それよりも同じ水生生物である亀と似た遺伝子を多く保有していることが分かったんです」
「かめ?カメってあの亀ですか?」
「はい、あの亀です」
「となると、あれは宇宙クジラではなく宇宙亀ということになるのですか?」
シンノスケの質問にヤンは肩を竦めながら首を振る。
「宇宙亀といっても間違いではありません。実際にクジラよりも亀の遺伝子の方が濃いのですから。しかし、あくまでも水生生物の亀やクジラに似た遺伝子を持っているというだけで、生物としては全くの別物です。その上でその社会性、いわゆる群れや親子の絆が強いこと、そして何よりその見た目からも従来どおり宇宙クジラと呼ぶ方が妥当だろうと判断し、私達も宇宙クジラについての新たな発見として発表しました」
宇宙クジラの新発見を熱弁するヤン。
シンノスケにしてみても大発見であることは理解しているし、興味もあるが、それは単純な興味に過ぎず、ヤンやサンダースの熱量に比べるとシンノスケの反応は薄っぺらい。
「へえ、そうなんですか・・・。で、肝心の仕事の依頼とは?」
シンノスケにしてみれば仕事の内容の方が重要だ。
その辺の事情についてはサンダース達も理解しているようで、ヤンの講義に代わり、サンダースが依頼についての説明を始める。
「私達がお願いしたいのは、宇宙クジラの調査を継続的に引き受けていただきたいのです」




