シンノスケとマークスの自堕落な休日
無事にサリウス恒星州に帰還したシンノスケ達だが、先に帰還していたアンディの報告に加えてリムリア銀河帝国の旅客船ブルー・ドルフィンの運航会社からの謝礼の連絡が組合に届いており、シンノスケの報告の前に救難活動の一部始終について、既に組合が把握している状況であった。
「シンノスケさん、ブルー・ドルフィンの運航会社のインペリアル・トラベラーズから謝金の提案の通知が届いてますけど、ちょっとこれ、凄い額ですよ」
リナの説明を受けて謝金の提示額を確認したシンノスケも目を見張る。
一般的な遭難救助の謝金額に比べて桁が2桁違う。
「これは・・・いくら何でも高過ぎますね。ちょっとした船が新艇で買える程ですよ。何か思惑でもあるのでしょうか?」
不自然な程の高額提案にシンノスケも疑念を持たずにはいられない。
しかし、横から覗いていたミリーナがそんな疑念を笑い飛ばした。
「帝国に思惑なんかありませんわ。ありがたく頂戴しちゃいましょう」
「どういうことだ?」
ミリーナ曰く、インペリアル・トラベラーズは帝国政府が出資している半官半民企業とのことで、提示された謝金の中には帝国政府からのものも含まれているとのことだ。
「面子を重んじる帝国のことですから敵対関係にあるアクネリアの自由商人に借りを作りたくないのでしょう。『謝礼としてこれだけの額をくれてやるからありがたく受け取れ』ってことですわ。それに、沿岸警備隊の不始末の口止め料の意味もあるのかもしれませんわね。まあ、帝国のくだらない面子に付き合っていられませんわ。ありがたく頂戴して、後腐れなくしましょう」
ミリーナの言うとおり、帝国が面子を重んじるならば、下手に拒否してしまう方が却って帝国の面子を潰してしまい、余計な軋轢を生んでしまうだろう。
シンノスケはミリーナの助言に従って帝国の言い値で謝礼を受け取ることにした。
予定よりも帰還が遅れたが、ポルークス侯国への重機運送業務も無事に終わり、その報酬を霞ませてしまう程の臨時収入を得たカシムラ商会。
先に帰還していたアンディは独自に新たな仕事に目をつけていたらしく、シンノスケの許可を貰うとアンディ、エレン、マデリアのツキカゲは医薬品や加工食品の原料や植物の種等の運送業務に出ていった。
依頼の報酬を得るというよりは船乗りとしての経験の蓄積が目的のようだ。
サリウスに残るのはシンノスケ、マークス、セイラ、ミリーナと、フブキのクルー4人だが、ちょうどフブキの定期点検の時期なのでフブキはサイコウジ・インダストリーのドックに入っているため、その間4人はすることがない。
仕事も終わった後なので、フブキが点検から戻ってくるまでの1週間程の休暇を取ることにした。
休暇の最初の3日間、シンノスケは秘密裏に淑女協定を結んでいるセイラ、ミリーナ、リナの3人に買い物やら舞台観劇やらピクニックに連れ回されたのだが、慣れないデート?の連続にシンノスケの体力が限界を迎えたことで4日目にしてようやくと解放された。
シンノスケ同様フブキの個室に住んでいるセイラはフブキがドック入りしている間はミリーナの屋敷に泊まっているため、事務所に居るのはシンノスケとマークスの2人だけ。
今日は空っぽのドックの事務所でマークスと2人、何もしない自堕落な時間を過ごしていた。
「マークス・・・商会の仕事も軌道に乗ってきたな。特に今回は黒字も黒字、大黒字だな」
「そうですね。しかし、帝国からの謝金は臨時収入、所謂泡銭です。軌道に乗ってきた今こそ気を引き締めるべきでしょう」
もっともらしい会話をしている2人だが、真剣に話しているわけではない。
することがなく、特に話題もないので互いに、特にシンノスケは深く考えることなくダラダラと話しているだけだ。
普段なら暇さえあれば艦内やドック、事務所の清掃をし始めるシンノスケだが、今はそれをする気力もない。
シンノスケが座るソファの前のテーブルの上にはシンノスケが飲んだ合成フルーツ茶の空ボトルが数本放置されている。
「確かにそうだよな。軌道に乗ったことに驕らず、気を引き締めていかなくちゃな。でも、マークス、商会の口座の残高見たか?とんでもない額になってるぞ。それこそフブキクラスの護衛艦が新品で買える程だぞ」
「買えたとしても、維持費を考えると現実的ではありません。それにそれを扱うクルーがいませんよ」
「そうだよな。・・・でも、うちの連中もいい感じに成長してきているよな。アンディ達は元から護衛艦乗りだからツキカゲを安心して任せられるし、マデリアがいれば更に高度な仕事もできるだろう」
「そうですね」
「セラにしてもまだ頼りないところもあるが、商会自慢の航行・通信管制士に成長したし、ミリーナの操艦技術も問題ないどころか一級だ。操縦士の資格を取ったばかりだが、ミリーナのことだ、艦長資格も直ぐに取れるだろうな・・・」
「・・・・」
「そうなれば・・・」
「マスター!」
ダラダラと話し続けるシンノスケの言葉をマークスが遮った。
「・・・」
「マスター、それ以上は駄目です。今はその続きを話すべきではありませんし、私も聞くべきではないと判断します」
デュアルカメラでシンノスケを見据えるマークス。
シンノスケは肩を竦めながら苦笑した。
「フフッ・・・そうだな。余計なことを言うところだった。そうだよな、まだまだ先のことだよな・・・」
シンノスケは飲み干した合成フルーツ茶のボトルをダストボックスに向けて放り投げた。
投げられたボトルがボックスの縁に当たって床に落ちる。
「そうだよな、自堕落にしているとろくな事を考えないな・・・」
シンノスケは立ち上がるとテーブルの上のボトルと床に転がったボトルを纏めてダストボックスに放り込んだ。
「マークス、掃除でも始めるか」
「了解しました!マスター」




