遭難救助
「それでは、救助活動を始めよう。皆、しっかり頼むぞ」
シンノスケはブリッジでマークス、セイラ、ミリーナ、そしてマデリアに対して下命する。
ブリッジにはシンノスケ、セイラ、ミリーナが残り、マークスとマデリアが移乗してくるブルー・ドルフィンの人々を貨物室に案内する役割だ。
マークスは大盾とブラスターアサルトライフル、マデリアはブラスターマシンガンを装備しているが、マークスはともかく、マデリアはウサ耳、メイド服姿にブラスターマシンガンと、なかなかインパクトが強い。
マデリアは本来は近接格闘戦が主な戦闘スタイルだが、敢えてマシンガンを装備することによって視覚的な威圧効果を期待したのだが、そんなシンノスケの思惑を正しく理解したマデリアは普段はスカートの下に隠しているコンバットナイフをエプロンドレスの上に巻いたベルト差している徹底ぶりで、美しい顔立ちに無表情のウサ耳メイドの重武装、と情報量が多すぎて横に立つマークスの影が薄くなっている程だ。
救助活動は内火艇やシャトルを使ってピストン輸送したほうがシンノスケ達にとっては安全なのだが、それでは時間が掛かるため、フブキをブルー・ドルフィンに直接接舷させて突入用の通路を通って移乗させる方法を取ることにした。
マークスとマデリアが配置に着き、ツキカゲが周辺の警戒態勢に入った。
セイラがブルー・ドルフィンに救助開始を告げる。
「フブキからブルー・ドルフィン、これより救難活動のため接舷して連絡用通路を接続します。先ずはそちらの副長と船医、アテンダント2名がフブキに移乗して他の人達の迎え入れをしてください。なお、本艦は食料品や水に余裕があるわけではありませんので、可能な限りそちらから持ち込んでください。なお、携帯火器の類は持ち込み禁止としますが、船長と副長に限り許可します。何等かの事情により持ち込みたい場合はそちらの船長預かりとし、移乗後はこちらの保管庫で預からせていただきます。移乗の際には武装したドール2人がエスコートしますが、保安上の理由ですので了承願います」
『ブルー・ドルフィン了解しました。そちらの指示に従いますので救助をお願いします』
ブルー・ドルフィンの返答を確認したシンノスケはフブキをブルー・ドルフィンの左舷側に寄せると突入用通路を伸ばす。
突入用通路を接続するといっても強行突入するわけではないのでブルー・ドルフィンの搭乗口に合わせて通路を接続した。
『マスター、接続確認しました。空気の流出等なし。要救助者の移乗を開始します』
「了解。気をつけて頼むぞ」
機密扉を開いて最初に接触するのはマークスの役目だ。
マデリアの方が適任のようにみえるが、外観的に情報量が多い上に無表情のマデリアでは要救助者を必要以上に萎縮させてしまう可能性があるということでマークスが買って出た。
移乗が始まってしまえば少人数ずつ小分けにして案内するだけなのだが、乗客乗員121名に加え、食料や飲料水、個人の荷物等を積み替える作業もあるため、救助完了までは少なくとも4時間程度は掛かる見通しだ。
それでもブルー・ドルフィンのクルーの協力もあり救助活動は極めてスムーズに進んでいたのだが、そんな中でちょっとしたトラブルが発生した。
『マスター、乗客の中に帝国の貴族の方がおられまして、貴族の象徴であるサーベルを貨物室に持ち込みたいと要望されています』
マークスの報告にシンノスケは眉をひそめる。
「武器の持ち込みは原則禁止だ。船長預かりの保管庫では駄目なのか?」
貴族の我儘にいちいち付き合っていられない。
そう思っていたところ、どうやらそこまで強硬な態度ではないようだ。
『その方も無理を承知で、と申していまして、どうしても駄目なら船長預かりでも致し方ないとのことです』
そこでシンノスケはふと気付いて振り向いた。
副操縦士席にサーベルを 肌身離さず持ち歩いている元帝国貴族が座っている。
「ミリーナ、帝国の貴族にとってサーベルはそれほど重要なのか?」
シンノスケの問いにミリーナが頷く。
「それはまあ、家系によりますわね。文官の家系ならばそうでもありませんが、帝室直系や武官の家系ならばサーベルは死んでも手放さない、手放すことは屈辱だと感じますわね」
「ミリーナもそうか?」
「いいえ、私はそれほどでもありませんわ。リングルンド家は文官の家系ですし、私が初めてケルベロスに乗り込んだ時にシンノスケ様に預けようとしたことを覚えています?私にとっては大切なサーベルですが、まあ、その程度のものですわ」
あっけらかんと答えるミリーナの言葉を聞いてシンノスケは思案する。
シンノスケとしては帝国貴族に義理立てや恩を売る必要はないが、相手の事情も可能な限り尊重したい。
貴族だけを特別扱いしたくはないが、どうやら他に武器の類を持ち込もうとする乗客はいないようだ。
「マークス、持ち込もうとしているサーベルは特殊な機能を有しているものか?」
ミリーナのサーベルのように超高速振動で驚異的な斬れ味を持つものや、レーザーの刃を持つ特殊なサーベルは使い手によっては下手なブラスターよりも余程危険だ。
『確認しましたが、複合セラミック製の刺突型のサーベルで、刃も鋭く実戦的なものですが、特殊機能は無い一般的なサーベルです』
だとしたらマークスの持つ大盾やマークス自体の装甲を貫くことは物理的に不可能だからマークスとマデリアの監視下におけば問題ないだろう。
そんなことを考えていたところにミリーナが割り込んできた。
「マークスさん、その貴族の方のお名前は分かりますか?」
『はい、アリシア・エストネイヤ、27歳の女性です。従者が2人いますが、2人共に非武装です』
マークスの言葉を聞いたミリーナの表情がパッと明るくなる。
「アリシア姉様ですの?だったら問題ありませんわシンノスケ様」
「姉様?ミリーナの姉君か?」
「いいえ、私が姉様と呼んでいるだけですの。姉様は私と同じ覚醒者で帝位継承権を有しておりますが、形だけのものです。姉様自身帝位に興味はありませんし、旅行好きでいつもフラフラとしている変わり者ですわ。人となりは全く問題ありませんし、剣技の方もまあ、それなりですわ」
「ミリーナと比べてどうだ?」
「本気で手合わせしたことはありませんが、剣技の稽古ならば24戦17勝1引き分けです。無論、私が17勝ですわ」
ミリーナの言う通りなら問題なさそうだ。
さっさと救助活動を完了したいシンノスケはサーベルの持ち込みを許可することにした。