船乗りの責務
「ブルー・ドルフィン、通信可能圏内に入りました」
「了解。ブルー・ドルフィンに現状を確認してくれ」
「了解しました。・・・ブルー・ドルフィン、こちらアクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属のフブキ。貴船からの救難信号を受信して駆けつけました。そちらの状況を知らせてください」
暫しの間をおいてブルー・ドルフィンから返信がある。
『・・・こちらリムリア銀河帝国籍旅客船ブルー・ドルフィンです。本船は動力部に深刻なダメージを受け、航行不能に陥り漂流中です。一刻も早い救助を要請します』
ブルー・ドルフィンからの報告によれば、定期航路を航行中、リムリア銀河帝国とダムラ星団公国の艦隊戦に巻き込まれ、メインエンジンに流れ弾の直撃を受けたということだ。
被弾しながらもどうにか戦闘宙域から脱出したのだが、その際、戦闘から逃れるために通常航路から大きく離れたことが災いした。
他に航行する船もない宙域で航行不能に陥り、戦場から離れてしまっていたことでリムリア、ダムラ両軍の艦船にも遭難信号が届かず、救助のあてもないまま20日も漂流していたということだ。
しかも、運の悪いことに被弾の影響で空調システムまでが破損してしまい、艦内の酸素もあと数日と保たないらしい。
シンノスケは通信に割り込んだ。
「ブルー・ドルフィン、私はフブキ艦長のカシムラだ。救助が必要な人員の数は?病人、怪我人はいるのか?」
『乗員乗客121名です。病人、怪我人はいませんが、漂流のストレスによる体調不良者が複数います』
「了解。損傷箇所の復旧の見込みは?」
『専用のドックなら可能でしょうが、この場での復旧は無理です。自力航行もできませんので、船を諦めるしかありません』
ことは一刻を争う。
ブルー・ドルフィンの人々を救うためにはこちらの船に移乗させる必要がある。
シンノスケは思案した。
フブキにしてもツキカゲにしても今は旅客用のユニットを装備していないから移乗させるならばどちらかの艦の貨物室に収容するしかないのだが、幸いフブキもツキカゲも貨物室の空調は艦内居住区と同じように設定されているから収容自体は問題ない。
収容スペースならばツキカゲの方が遥かに余裕がある。
しかし、シンノスケはツキカゲを選択しなかった。
「ブルー・ドルフィンの乗員乗客をフブキに収容する」
シンノスケの決断にアンディが異を唱える。
『シンノスケさん、こちらの貨物室の方が余裕があります。貨物室だけじゃない、簡易ベッドを備えた多目的室もあります。ツキカゲに収容すべきではありませんか?』
アンディの考えはもっともだが、シンノスケの考えは別にある。
ツキカゲでは貨物室と艦内の隔壁が薄く、万が一艦内で一斉に蜂起された時に抑え切れず、艦を奪われる可能性があるのだ。
一方フブキの方はというと、強固な隔壁があるから艦内居住区と貨物室をしっかりと隔離できる構造になっているので、フブキに収容した方が監視、管理しやすい。
「環境はあまり良くないがフブキに収容する。代わりにマデリアをフブキに寄越してくれ。マークスとマデリアで収容者のケアと警戒に当たってもらう。ここからリムリア銀河帝国領に向かい、リムリアに引き渡すまで1週間程度、その間位は我慢してもらうしかないな」
救助をすることは当然だが、自船やクルー達の安全が優先だ。
故にシンノスケはフブキを選択し、その選択についてアンディも理解した。
『了解しました。マデリアさんをそちらに向かわせます』
「ツキカゲは救助作業が終わるまでは周辺警戒に当たり、その後は先に戻っていてくれ。本艦は救助した人達をリムリアまで送り、引き渡してから帰還する」
『えっ?フブキ1隻でリムリアに向かうんですか?ツキカゲも護衛でついて行きますよ?』
アンディは申し出るが、これもまたシンノスケの考えがある。
「遭難船の乗客乗員を救助して引き渡すという正当行為の上、俺のライセンスならリムリア銀河帝国の管理航行宙域を航行しても法的には問題ない。とはいえ、どちらかというと敵対関係にあるアクネリア銀河連邦の護衛艦が領域内を航行するとなればリムリアとしても警戒してくるだろう。だから余計な嫌疑を持たれないためにフブキ1隻でリムリアに向かう」
加えていうならば、重武装のフブキに救助した人々を乗せ、フブキの武装に比べると軽武装の輸送艦ツキカゲが人員を収容することなくフブキの護衛に当たるというのでは不自然に思われてしまうだろう。
そこまで説明したところでこれまで黙っていたミリーナが口を開いた。
「私は反対ですわ。・・・いえ、ブルー・ドルフィンの人々を救助することは勿論なのですが、彼等を乗せてリムリアに向かうことは反対です」
「ああ、正当な手続きを踏んだとはいえ、アクネリアに亡命したミリーナがいるとミリーナの身が危ないかもしれないな。だったらミリーナはツキカゲでアンディ達と先に戻っていてもらうか・・・」
気を使ったつもりのシンノスケだが、ミリーナは声を上げてシンノスケに詰め寄る。
「そんなことを言っているのではありませんわ!私が心配しているのはシンノスケ様のことです。シンノスケ様は私の亡命の手助けをして、挙げ句に私を雇用しています。当然ながらリムリアはそんなシンノスケ様をマークしている筈ですわ。それは私が無理やり押しかけてきたのですから、責任は私にあります。でもリムリアにしてみれば国際法で身分を保証されている私よりもシンノスケ様を狙ってくるかもしれません。何か因縁を吹っ掛けてシンノスケ様を陥れるかもしれませんわ」
シンノスケに縋るように詰め寄るミリーナ。
「しかし、他に有効な選択肢は無いぞ?」
「救助した人々を他の国に引き渡すとか・・・」
「この宙域からリムリアの他の国に向かうとなるとポルークスか、ダムラ星団公国だ。だが、ポルークスとリムリアの間には航行不能宙域が多く、ポルークスに引き渡すと彼等が国に帰れるのは何時になるか分からない。逆にダムラ星団公国に引き渡すのは現実的ではないな。いくら戦争中とはいえ、ブルー・ドルフィンは民間船だから公国側も法に則った対応をするとは思うが、それでもいらぬ混乱を引き起こす可能性がある。しかも、この付近にある空間跳躍ポイントからの跳躍だと公国の反対側に跳んでしまうから、通常航行で向かう必要があるが、それだと3週間は掛かる。そんな長期間120名以上の民間人を貨物室に押し込んで行くわけにはいかない。俺は船乗りとして、船乗りに課せられた責任から逃れるつもりはないし、最善と思われる選択をしたつもりだ」
フブキの艦長であり、商会の代表であるシンノスケが自らの責任で決断したことを覆すつもりがないのならミリーナとしてもこれ以上言うことはない。
「分かりましたわ。シンノスケ様の判断に従います。私もお供しますわ」
「あの、私もシンノスケさんの判断が正しいと思います」
ミリーナに続いてセイラも覚悟を決める。
シンノスケは頷いた。
「よし、それでは救助作業を始めるぞ」




