自由商人の責任
フブキの艦内でココナの話を聞くことにしたシンノスケは港でフブキとツキカゲの警備に当たっている兵士にその旨を説明する。
色々と詮索されるかと思ったが、特に何も言われずにシンノスケ達の好きにしても問題ないとのことだ。
それならばと、ココナをフブキの艦内に案内しようとしたところ、背後から呼び止められた。
「お前達、姉ちゃんをどうするつもりだっ!」
振り返ってみれば、そこにいたのはココナの弟のタックだ。
「タック、家にいなさいと言ったでしょう。この人達とは私が話をするから、貴方は家に帰りなさい」
ココナに咎められたタックだが、引き下がるつもりはないようだ。
「オレ、姉ちゃんが心配で後を追ってきたんだ。やい、お前等、姉ちゃんをどうするつもりだ!」
敵意丸出しで今にも噛みつかんばかりのタック。
シンノスケはタックに歩み寄る。
「人聞きの悪いことを言うな。お前の姉さんが話があるというから聞こうとしていただけだ。何ならお前も一緒にどうだ?お前の話も聞いてやるし、お茶と菓子くらいはご馳走してやるぞ」
軽く挑発気味に言ってやればタックは戸惑いながらも虚勢を張って頷いた。
「行ってやるよ。お前等なんか怖くないんだからな!」
シンノスケはニッコリ笑うと2人を連れて港に入った。
船台に固定されたフブキとツキカゲの迫力に圧倒されながらもココナとタックはシンノスケに続いて歩く。
ちょうどアンディとエレンがツキカゲの外装の点検をしていたところだったが、シンノスケが連れてきた2人(主にココナ)を見てアンディの作業の手が止まる。
「・・・・ネコ耳・・・いいなぁ」
アンディの呟きを聞いたエレンは呆れたようにため息をつくとアンディの尻を蹴り上げた。
「イテッ!なにするんだよ」
そんな2人を相手にすることなく、シンノスケはココナとタックをフブキの艦内へと案内する。
とりあえず、フブキの食堂でセイラがお茶(合成フルーツ茶ではない)と菓子を用意し、ココナとタックに出したところでシンノスケは2人から話を聞くことにした。
予想どおり、ココナとタックの2人は移民労働者の父親についてきた姉弟ということだ。
母親はタックを産んで間もなく病気で亡くなっているらしい。
他の銀河国家の最下層の貧民街で生活していたココナ達だが、貧民層ということで父親は満足に職を得られず、貧しい生活を強いられていた。
そして3年程前、仕事を求めて移民ブローカーを通じ、リムリア銀河帝国を経由してポルークス侯国に移民してきて、父親は採掘労働者として、ココナは労働者用の食堂で職を得ることができた。
しかし、ポルークスでは移民労働者の労働環境が過酷で劣悪であり、採掘現場では事故で死傷したり、過酷な労働で体調を崩す者が後を絶たなかったということだ。
しかし、リムリア銀河帝国とダムラ星団公国の戦争の影響で採掘用重機の部品供給が滞り、幾つかの工区で操業が停止された。
その結果として作業員の負担が軽減されていたのだが、その矢先にシンノスケ達が新たな採掘用重機を運んできたということだ。
「あんた等が運んできた機械があると父ちゃん達がまた厳しい作業に連れてかれるんだ。頼むよ、持ってきた機械をそのまま持って帰ってくれよ。でないと父ちゃん達は死ぬまで働かされちまうよ」
タックはシンノスケに訴えかける。
一方のココナはタックの要望は到底聞き入れられないと理解しているようで、ココナの願いはタックのそれとは全く違う。
「お願いです。父と私達姉弟の3人をこの国から連れ出してください。勝手なお願いであることは承知の上ですし、同じ境遇の他の人達をおいて逃げるなんて卑怯なことですが、私は家族と一緒に慎ましく、幸せに過ごしたいんです」
2人の話を聞いたシンノスケは腕組みして考え込む。
隣にいるミリーナも瞳を閉じて何かを考えているようだ。
逆の隣にいるセイラがシンノスケを見上げた。
「シンノスケさん、なんとかできませんか?」
セイラはココナ達の話を聞いて2人を助けてあげたいと思ったようだ。
心根の優しいセイラらしい。
セイラの言葉を聞いたミリーナも瞳を開いてシンノスケを見た。
ミリーナもココナ達を救いたいという気持ちはあるようだが、別の考えもあるようで、シンノスケの判断を待っている。
暫しの間、考え込んでいたシンノスケだが、別に悩んでいたわけではない。
シンノスケの返答は端から決まっている。
「無理だな」
シンノスケの一言にココナとタック、セイラの表情が曇った。
ミリーナはシンノスケの判断を予想していたようだ。
「先ず、タックの願いだが、依頼を受けて運んできた荷物を引き渡さずに帰ることはできない。自由商人には自由商人の責任があるし、契約を破棄すれば大損害だし、それよりも、我々の信用に関わる」
シンノスケの言葉を聞いたタックがいきり立つ。
「そんなもののために父ちゃん達を犠牲にするのかよ!お前達は金さえ儲ければ他人がどうなろうと構わないのかよ」
シンノスケはタックを見据えた。
何も睨んだわけでは無いが、まだ幼いタックはその視線を受けて言葉に詰まる。
「勘違いしているようだが、私達は何もタックのお父さん達を無理に働かせたり、苦しめたりするために荷物を運んできたわけではない。あくまでもポルークス侯国からの依頼を受けて荷物を運んできただけだ」
「でっ、でも、あんたが運んできた荷物のせいで父ちゃん達は働かされるんだ!」
「だとしたら、それはポルークス側の問題だ。労働者の働く環境を改善し、整えるのはポルークス政府が解決すべき問題で、我々自由商人の責任ではない。タックはまだ幼いから理解できなくても仕方ないが、物事の本質を見誤ってはいけない」
「・・・・」
タックは言葉を失い、俯いてしまう。
タック自身シンノスケに対して無茶な要求をしていることは薄々分かっているようだ。
「そして、ココナ。君の頼みについては一考の余地があるが、それでもハードルは高い」
「それは何でしょう、当然お金は払います、今直ぐに払うことはできなくても、必ずお支払いします」
希望の光を瞳に宿したココナだが、そう甘い話ではない。
「私は旅客運送業務も可能な資格を持っているし、どうせ帰りは空荷で帰るつもりだったから、客として私の船に乗りたいなら、料金は格安でも構わない。しかし、それ以外に問題がある」
「?」
「ポルークス侯国の出国許可と、目的の国への入国許可を得られるのか、という問題だ」
「それは・・・」
「ブローカーを通じ、リムリアを経由して移民してきたというからにはこの国で何らかの制限が課せられているんじゃないか?」
「・・・・はい」
「出国許可の無い者を国外に連れ出せば、それは犯罪であり、我々が犯罪者になってしまう。私は真っ当な自由商人としてそのような行為を行うことはできない。他に亡命という手段もあるが、亡命だって受け入れる国との調整と手続きが必要だ。君達にそれらの課題をクリアできるとは思わないのだが?」
ココナも俯いてしまう。
セイラも何とかできないのかと懇願の眼差しを向けてくるが、自由商人の責任として、無理なものは無理なのだ。
そして、シンノスケは核心を突いた。
「そもそも、ココナ達のお父さんはそんなことを望んでいないんじゃないか?」