一段落・・・ではない
マデリアの配属についてまさかの執着を見せたアンディだが、エレンに聞いてみたところ、アンディも仕事と趣味はキッチリと分けているので心配はしていないとのことだ。
アンディとエレンの関係についても、マデリアがシンノスケを主人と認めている以上はアンディが付け入る隙がないことを理解しているらしい。
「そもそも、クールなお姉さんの上、メイド服とウサ耳装備のマデリアさんなんてアンディにとっては尊すぎ、天上界の神々レベルの存在です。アンディ自身がどうこう出来るとは思っていませんよ。一緒に仕事が出来て、崇め奉るだけでいいんですよ。シンノスケさん、あれだけメイドさん好きのアンディが私にメイド服を着せない理由を知ってますか?」
「知るわけがない・・・」
「私がメイド服を着たところで『エレンは本物のメイドさんじゃない』ですって。筋金入りに拗らせているんですよ。アンディの趣味に付き合わされるなんて私の方が願い下げです。だからアンディの趣味については仕事に支障が出ない限り好きにさせているんです」
マデリアが本物のメイドさんなのかどうかは疑問が残るが、エレンはアンディの全てを知って、諦め、受け入れ、手のひらの上で転がしているような境地に達しているようだ。
「アンディがエレンの尻に敷かれている未来が見えるな」
自分のことを棚に上げるシンノスケだが、エレンはそこには突っ込んだりはしない。
「それでいいんです。将来を見据えて弱みの2つや3つは握っておかないとね」
ミリーナといい、ベルベットといい、セイラもそうだが、宇宙の船乗りの女性は強い。
(・・・そういえば、アンディがエレンにメイド服を着せることを望んでいないなら、どういう会話の流れでエレンのメイド服の話がでたんだ?・・・まさか、エレンの方から?)
ふと思ったシンノスケの心を見透かしたようにエレンがニッコリと笑う。
「船乗りの女の心は宇宙よりも広いんですよ」
エレンはそう言ってウインクするとツキカゲへと戻っていった。
宇宙海賊ベルベットとの因縁も解決し、新しい仲間のマデリアも加わったところで、次の問題はミリーナの免許の切り替えだ。
自家用クルーザーの免許しか持っていないミリーナが実地研修で資格取得に必要な業務時間をクリアしたところで業務用資格取得の試験を受験することになったのである。
「じゃあ、ちょっと行ってきますわ」
これから1週間に渡って座学、面接、実務試験を受けることになるのだが、まるで近所に買い物にでも行くような気軽さだ。
「ミリーナさん、実務研修は真剣に取り組んでいましたけど、教本のデータはざっと読んだだけですよ。それでいて完璧に頭に入ってるんです。凄いですよね」
シンノスケと共にミリーナを見送るセイラ。
どうやらミリーナの試験は全く問題なさそうだ。
ミリーナの試験に1週間、ツキカゲの3人も早速運送業務を請け負って近場のイルーク恒星州に出航して行ったのでシンノスケ、マークス、セイラの3人はちょっとした休みとなった。
例によってフブキの大掃除でも、と思っていた矢先にシンノスケのドックに宇宙軍情報部のセリカ・クルーズ少佐の突然の訪問を受けた。
制服姿のまま直接ドックに来るとは普段との対応とはまるで違う。
「少佐、制服のままということは、今日の訪問自体に何らかの意味があるのですか?」
少佐を事務所に招き入れたシンノスケはマークスにドック周辺の警戒と不審者の有無について確認を命じる。
「そうですね。制服で敢えて目立つようにして来たのは意図的なものです」
何を企んでいるのか、薄い笑みを浮かべる少佐。
セイラは席を外させようかと考えたものの、セイラ自身がそれを拒否して同席しているが、少佐はセイラの同席については意に介していない。
「軍内部で何か動きがあったのですか?」
シンノスケの問いに少佐は首を振る。
「動きという程ではありませんが、カシムラさん、ベルベットを逮捕したことにより暫くの間は命を狙われることはない筈です。ですので、通常の仕事に戻っていただいても結構ですよ」
「暫くの間は、ですか・・・。少佐、どうやら貴女の思惑どおりにはいかなかったようですね」
流石のシンノスケも少佐の言葉を鵜呑みにする程間抜けではない。
「そうですね。カシムラさんにベルベットを逮捕され、その奪還も叶わずに身柄を沿岸警備隊に引き渡されてしまった。これで尻尾を掴む、とまではいかなくても尻尾の影位は見えると思っていたのですが、あてが外れて准将と帝国の接点の欠片も見つかりませんでした。とはいえ、今後、カシムラさんが命を狙われることはない筈ですよ」
「暫くの間は、ですよね」
シンノスケの言葉に少佐は肩を竦める。
「まあ、大丈夫ですよ。我々としては引き続き命を狙われて欲しいところですが、敵も引き際を心得ています。ベルベット逮捕に引き続き私がカシムラさんに接触していることを知ればカシムラさんを抹殺することには固執しないでしょう。今日、私がここに来たのもそれを狙った一種の示威行動です」
シンノスケは少佐の目をまじまじと見た。
少佐もシンノスケを見て頷く。
「どうやら貴女の言っていることは本当のようですね」
「はい。今回、カシムラさんは命を狙われている中、敢えてベルベットと対峙し、討伐、逮捕してくれました。それなのに、我々は不甲斐なくも准将を追い詰めることが出来ませんでした。それ故の作戦変換です」
少佐自身は諦めていないようだが、情報部の捜査にシンノスケが巻き込まれるリスクを『多少は』軽減してくれるようだ。
「分かりました。私としても面倒事は御免被りますからね。少佐の言うことを信じますよ」
「そう言っていただけると助かります。今後もカシムラさんとは私自身が接触させていただくことがありますので、よろしくお願いします」
「少佐以外の者の接触は全て虚偽というわけですね」
「そういうことです。では・・・」
少佐は出されたお茶に口もつけず立ち上がる。
「そういえば、ベルベットの線もそうですが、補給部長のラングリット准将の金の流れを追っても怪しいものは何も無かったでしょう?」
立ち去ろうとした少佐が足を止める。
「それで?」
「補給の流れを調べてみると面白いかもしれませんよ。例えば、無人補給基地とかで基地に搬入されたまま部隊に補給されないままになっている消耗品の在庫があるんじゃないですかね」
「・・・」
「食料、医薬品、弾薬等で、後から搬入された物資が部隊に配分されていく中、倉庫の奥に押し込まれて部隊に送られない在庫がある筈です。尤も、在庫とはいえ、消耗品が1年も2年も放置されることはありませんから、10ケ月程度で他の基地に移動する。それを繰り返している間にいつの間にか消費されている物資があるんじゃないですかね?」
「面白い話ですね」
「いえ、以前にも似たようなことがありましてね。当時は末端が切り捨てられて終わり。准将、当時は大佐でしたが、奴にまで届きませんでしたけどね」
シンノスケから少佐へのちょっとした意趣返しだった。
ベルベットを逮捕したが、なかなか一段落とはいかなそうだ。




