リナの涙
宇宙海賊ベルベット討伐作戦の中、マデリアとの交戦でシンノスケとマークスが負傷したことについて、シンノスケはセイラとミリーナにこっぴどく叱られた。
激闘の末に強行接舷され、マデリアが艦内に突入してきて急襲された状況を鑑みれば叱られることではないのだが、セイラにしてもミリーナにしても前後の状況は関係なく、シンノスケ達が負傷したという事実が重要らしい。
だとしてもシンノスケが叱られる謂れはないのだが、その言い訳?は2人には通用しなかった。
しかも、シンノスケ達を負傷させたマデリア本人が目の前にいるのに2人の怒りの矛先はシンノスケのみに向けられており、極めて理不尽な状況である。
一方でセイラもミリーナもマデリアの事情について理解を示し、マデリアを商会に迎え入れることについても歓迎してくれているのだ。
結局シンノスケ1人(マークスは叱られていない)の叱られ損である。
そんなシンノスケ達の様子を見るアンディとエレンだが、エレンはシンノスケ達のやり取りをハラハラしながら見守っている(口出しは出来ない)のに対し、アンディの方はなにやら呆けたような表情を浮かべており、その視線はマデリアに向けられていた。
その後、セイラ達のお説教から解放されたシンノスケは報告のために自由商船組合に向かうことにする。
本来ならば損傷したマークスの修理を優先したいところだが、特級の賞金首であるベルベットを逮捕した報告を急がなければならないので、とりあえずサイコウジ・インダストリーにマークスの修理依頼の連絡を入れた上で先に組合に向かうことにした。
組合に向かうのはシンノスケと頭が半分無く、片腕のマークス、そして新しく仲間になったマデリアの3人。
報告に併せてマデリアの人権申請とクルーとしての登録を済ませておくつもりだ。
事の顛末をリナに報告すればセイラ達同様に叱られるのかもしれないが、それも仕方ない。
覚悟を決めたシンノスケは組合に赴いてリナに対面したのだが、意外なことにリナが怒っている様子はなかった。
「シンノスケさん、おかえりなさい。先に帰還していたザニーさん達から事情を聞きました。大変でしたね」
いつもの笑顔ではない、やや無理をしているような笑顔でシンノスケを迎えたリナ。
「まあ、どうにか・・・。怪我の方も治療済で特に問題ありません」
「それはよかったです。じゃあ、早速手続きしますね。宇宙海賊ベルベットの逮捕と、えっと・・・マデリアさんの人権申請とクルーの登録ですね・・・」
明るさを装いながら手続きを始めるリナだが、手続きを進める間に徐々にその表情から笑顔が消えてゆき、やがて俯いてしまった。
そして、その後は俯いたままシンノスケを見ようとせずに手続きを進めていく。
「・・・シンノスケさん、あまり無茶をしないでください。セーラーさん、特に護衛艦乗りの方の仕事がとても危険なことは理解していますし、場合によっては組合から命懸けの仕事をお願いすることもあります。私がこんなことを言うのも矛盾しているのかもしれませんが、本当に心配しているんですよ。一緒に宇宙に出られない私は待っていることしか出来ないんです・・・」
絞り出すように言いながら、涙で潤んだ瞳をシンノスケに見せようとせずに俯いたまま淡々と手続きを進めるリナ。
マデリアの人権申請まで完了させ、全ての手続きを済ませると俯いたまま席を離れていってしまった。
「マスター、流石に2度目の負傷は彼女にとってショックだったのではありませんか?」
「・・・そうだろうけど、それは仕方ないな。今の彼女に何を言えばいいのか俺には分からない。俺が船乗りである以上は彼女の言う心配が消えることはないだろうし、だからといって俺は船乗りを辞めるつもりはないからな。こればかりは彼女が自分で気持ちを整理するしかない問題だよ」
とはいえ、なまじ叱られるよりもリナの涙のほうがシンノスケの心に突き刺さる。
今回は特級の賞金首であるベルベットを逮捕しただけでなく他にも賞金が掛けられた宇宙海賊を多数討伐した。
ザニー、ダグと賞金を山分けしてもかなりの額の賞金が手に入り、更に高性能のドールであるマデリアが仲間になり、シンノスケにしてみれば大儲けなのだがどうにも気が晴れない。
しかし、シンノスケの言うとおり、これはリナ自身が受け入れ、解決すべき問題だ。
今のシンノスケに出来ることは無い。
手続きを終えたシンノスケはマークスとマデリアを連れて組合を後にした。
「次は私の頭部と腕部の修復ですね」
マークスの言葉にシンノスケは肩を竦める。
「その件だけどな、サイコウジのサリウス支店には部品の在庫が無いとのことだ。本社から取り寄せになるらしいんでマークスの治療は来週以降だな」
「そうしますと、それまで私はこのままですか?」
「そういうことになるな」
「・・・ブラック企業ですね」
「まあ、そう言うなよ」
不毛な会話を展開するシンノスケとマークス。
そんな2人をマデリアは無表情で観察している。
その頭部にはウサ耳センサーユニットが装着されたままだ。