マデリア
沿岸警備隊の船で怪我の治療を受けたシンノスケはサリウス恒星州に帰還することにしたのだが、その前に新しく入手したドールの修復について考えていた。
「マークス、サリウスのコロニーにコサート社の支店はあったかな?」
「コサートは6325恒星連合のメーカーですが、サリウスに支店はありません。イルークとガーラのコロニーにはそれぞれ支店と工場があります」
ざっと見た限り、M-02はエネルギー供給機能に不具合があり、エネルギーが効率よく全身に行き渡らず、極端に稼働時間が短くなっているらしい。
通常であればエネルギーパックを補充すれば1ケ月程度は稼働できるはずだが、ものの数十分でエネルギー切れを起こしてしまうようだ。
確認してみたところ、エネルギーパック自体も不良品のようだが、他のエネルギーパックを使用するにしても本体の不具合を修復しないことにはどうにもならない。
エネルギーパック自体はマークスのものと互換性があるため、直ぐにでも起動できると思うが、あれだけの騒動の後だ、メーカーでのチェック無しで起動するのは流石に危険過ぎる。
「それじゃあ少し遠回りだがイルークに寄ってこのドールを修理してから帰還するか」
「・・・・了解」
「ん?なんだ、マークス。不満そうだな」
「このドールを修理することに異論はありませんが、私も頭部の半分と片腕を損傷しているのですが・・・」
「お前は今の状態のままだと仕事に支障が出るのか?」
「はい。私の頭部にはセンサー類しかありませんが、破損したセンサーの代わりに他のセンサーを当てていますので、その処理のために情報処理能力が6.2%低下します。他に腕部の損傷に伴って白兵戦能力が28.9%低下です」
シンノスケはため息をつく。
「なら問題ない。情報処理能力に至っては誤差の範疇だ。それにお前はサイコウジ・インダストリー製だろう?お前の治療はサリウスに戻ってからで十分。よって後回しだ」
「理屈では理解していますが、何か釈然としません」
「理屈で理解しているだけで十分だ」
不満そうなマークスをよそにシンノスケはイルークに向けて舵を切った。
アクネリア銀河連邦イルーク恒星州はシンノスケ達が拠点を置くサリウス恒星州に隣接する恒星州だ。
人が居住できる惑星が少く、人々の大半は恒星州内にある12基のコロニーで生活している。
シンノスケ達はイルーク恒星州の端にあり、交易の拠点となっている第4コロニーに寄港し、M-02の製造メーカーであるコサート社の支店に赴いた。
「このM-02の経歴を確認しましたが、元はダムラ星団公国に所属する旅客運送会社の旅客船のオペレーターとして登録されたものですね。搭乗していた船は3年前に宇宙海賊の襲撃を受けて沈んでおり、このドールも行方不明扱いとなっています。その後に会社自体が解散して、行方不明のまま登録が抹消されています」
シンノスケが連れてきたドールについてコサート社の係員が説明する。
「このドールはある宇宙海賊が白兵戦兵器として扱っていたものです。宇宙海賊との戦闘中に私達も襲われましたが、そういった経緯もありまして、宇宙海賊を逮捕した後に私が入手しました」
シンノスケが提示した沿岸警備隊発行の入手経過証明書のデータを見た係員は頷いた。
「はい、確認しました。カシムラ様の所有権登録をしておきます」
係員はテキパキと手続きを進めてくれるが、その間にドールのチェックが終了したようだ。
「一通りチェックしましたが、特に致命的な損傷はありません。エネルギー供給機能等の不具合も不良品のエネルギーパックを繰り返し使用したことによる負荷が原因です。部品交換の後に正常なエネルギーパックを入れれば問題なく起動しますよ」
そう言って修復に掛かる費用の見積もりを提示してくる。
確認してみるとシンノスケの想定よりも遥かに安い。
「これは、沿岸警備隊が回収したメモリの回復も込みですか?」
「そちらも、確認しましたが、今の状態だと再起動しても自分の名前くらいしか記憶していませんからね。新たにメモリを増設して基本的な情報をインストールする必要がありますので、それ込みの見積もりです」
メモリ増設と基本情報インストール込みの見積もりだとしたらかなりお得だ。
基本情報だけインストールして貰えれば後はドールが勝手に学習してくれる。
迷う必要もない。
「この見積もりの内容でお願いします」
「分かりました。因みに、カシムラ様はこのM-02を主にどのような用途で運用するおつもりですか?」
「私の商会に所属する護衛艦機能を持つ自由商船のオペレーターとして配属する予定です」
「それでは、艦船運用オペレーターとして特化した情報を入れておきます」
「お願いします」
手続きが完了すれば後は待つだけだが、聞けば2時間程度で完了するとのことだ。
その場でお茶を飲みながら待つこと2時間弱、シンノスケとマークスが待機する部屋に修復を終えたドールが係員に連れられて入ってきた。
「カシムラ様、おまたせしました。M-02の修理とアップデートが完了しました」
続いてメイド服姿のドールがスカートを摘み、シンノスケに対してカーテシーをする。
「はじめましてご主人様。私はコサート社製汎用型ドール、型式番号M-02 個体名マデリアでございます」
「ご主じっ・・・!」
恭しいマデリアの挨拶にシンノスケは思わず仰け反った。
メイド属性を有しないシンノスケにとってメイド服姿のマデリアに『ご主人様』呼ばわりされたところで違和感しか感じない。
「シンノスケ・カシムラだ。これからよろしく頼む。ただ、ご主人様は勘弁してくれ。その呼ばれ方は落ち着かない」
シンノスケの言葉にマデリアは無表情のまま小首を傾げる。
「申し訳ありません。ただ、私達M-02型はオーナーのことをご主人様と呼ぶように設定されています」
マデリアの言葉にシンノスケは肩を落とす。
(なんちゅう設定をしているんだ)
そんなシンノスケの心の声を察知したかのように係員が補足する。
「M-02型はあらゆる状況に対応可能な高性能ドールですが、オーナーの望むような支援を行う奉仕型のスタイルが基本になっていて、メイドとして運用するために購入される方も多いのでオーナー様を『ご主人様』と呼称するようにセッティングしています。このサービスは多くの方々から大変ご好評いただいています」
「完全に趣味の世界じゃないですか」
「それだけニーズが高いということですよ」
繰り返し説明するが、シンノスケはメイド属性を有しておらず、ご主人様の立場も嗜んでいない。
「もしも他の呼び方をご希望でしたら対応は可能ですが、お呼びする都度に中枢回路で変換する必要があります。その場合、レスポンスに0.0000025秒の遅延が生じます」
全く誤差にもならない程のレスポンスのズレだが、わざわざマデリアに無駄を強いても仕方ない。
「分かった。好きに呼んでくれ」
シンノスケはご主人様を受け入れた。
「かしこまりました。改めてよろしくお願いします、ご主人様」




