ドールM-02
沿岸警備隊へのベルベット一味の身柄引き渡しは問題なく完了した。
後は沿岸警備隊の取調べと捜査の後に裁判に掛けられて処分が科せられることになる。
沿岸警備隊は宇宙軍とは別組織であるし、シンノスケ達自由商人によってベルベット一味が逮捕されたことは商船組合を通して大々的に公表されることになるため、宇宙軍の高官とはいえ、おいそれとは沿岸警備隊の司法手続きには口を出せないだろう。
悪名高き宇宙海賊を利用したことが裏目に出たということだ。
加えて、沿岸警備隊に同行してきたクレイドル大尉率いるパトロール隊こそが情報部のクルーズ少佐からの命を受けて周辺宙域の警戒に当たっていたらしい。
「本来私達は別の宙域のパトロール任務に就く予定でしたが、急遽情報部からの指示で本宙域周辺の排他的経済宙域の警戒任務への変更が言い渡されたんです」
「情報部の指示ですし、詳細も伝えられない。それに、警戒任務なら他の部隊でもいいのに、わざわざ他の任務から変更してまで私達の隊をあてるなんて不思議に思っていました。そうしたらカシムラ大尉の船からの救難信号を受信して、駆け付けてみたらあの有名な宇宙海賊ベルベットを捕まえた挙げ句に所属不明艦と睨み合いをしているのでホントに驚きましたよ」
今や立派なパトロール隊の隊長とコルベットの艦長となったクレイドル大尉とアーネス少尉だが、2人の話を聞いたシンノスケはセリカ・クルーズ少佐の意図を理解した。
ベルベットがシンノスケに捕らわれたとすれば、シンノスケを狙い、クルーズ少佐が追っている軍の高官がベルベットの奪還か、口封じのために抹殺を狙ってくることは予想できる。
非正規任務下請けの虎の子であるベルベットが返り討ちにあったとなれば他の外注先に任せるわけにもいかないだろう。
そうなれば部隊を投入する他に手はないが、そのような任務に正規部隊を出動させるわけにはいかず、内部の子飼いの部隊を使うしかないが、その秘密部隊がどのような方法でシンノスケに仕掛けてくるかはある程度は予想できる。
そこでクルーズ少佐は信頼がおけるであろう部隊を選抜して本宙域に送り込み、情報部としての作戦の正当性と証拠の確保、相手に対する揺さぶりを狙ったのだろう。
そこで選ばれたのがシンノスケの元部下であるクレイドル大尉とアーネス少尉が所属するパトロール隊というわけだ。
「少佐が私の身を心配して策を講じる筈は無いだろうからな。結局はいいように利用されたわけだ。まあ、それを承知の上でベルベットと対決したんだけどな・・・」
シンノスケにとっては自らに降りかかる懸念の1つを排除出来たわけだが、それも含めてクルーズ少佐の手のひらの上で転がされていたということなのだろう。
そうは言っても一段落だ。
シンノスケの怪我についても沿岸警備隊に所属する医官によって治療してもらえることになり、フブキに食い込んでいるブラックローズⅡも証拠品として沿岸警備隊の曳航船で運ばれることになった。
「で、このドールは?」
シンノスケが気になっているのはマークスとシンノスケに襲い掛かってきたドールのこと。
今もフブキのブリッジに倒れているのだが、当然ながらこのドールも証拠品になるのかと思ったらそうではないらしい。
沿岸警備隊として必要なのはドールのメモリーだけで、本体については不要だということだ。
「本来ですと海賊船の中の物についても黙認したいとこなのですが、流石に私達の目の前では・・・」
基本的に護衛艦乗りが捕えた宇宙海賊の艦船はその積載物を含めて証拠品となるのだが、明らかな強奪被害品以外の金銭等については護衛艦乗りが回収していても、極端に目に余るものではない限りは黙認されることが多い。
無論、裁判資料として必要だったり、被害者救済に必要な分もあるから全て洗いざらい回収という訳にはいかないが、裁判の後に海賊船を売却したことにより補填できる程度ならば敢えて罪に問われるようなことはないのだ。
護衛艦乗りが海賊を討伐することにより航路の安全の一端を担っていることは明らかなので、その位の旨みが必要であり、沿岸警備隊等の司法組織としても、その分を補填することを含めて必要経費的に安いものということである。
とはいえ、沿岸警備隊の指揮官が言うとおり、彼等の目の前でそれを行うわけにはいかない。
全ては沿岸警備隊の目の届かないところで、分を弁えた上でのことなのだ。
「照合してみましたが、このドールは被害品ではないことが確認できました。こちらのドールのメモリは我々で回収しますが、本体については必要ありませんので自由にしてください。コサート社製M-02タイプは高性能機ですから修理して使用するなり、売却するなり、どちらにしてもお得だと思います」
ドールのメモリを回収し、そう言い残すと沿岸警備隊の指揮官は他の処理のためにブリッジを出ていった。
残されたのはシンノスケとマークス、ザニーにクレイドル大尉達だが、宇宙軍のクレイドル大尉達にとってドールは全く関係のないことだ。
「ザニーさん、このドールいりますか?」
シンノスケの問いにザニーは首を振る。
「いらねえよ。こんなかわい子ちゃんのドールを連れて帰ったら女房に叱られる。ダグも興味はないだろうし、俺達には必要ないからシンノスケの方で引き取ってくれ」
となれば、シンノスケが引き受けるしかない。
シンノスケは倒れているドールに端末を接続して基本情報を確認する。
「M-02型・・・個体名マデリアか。エネルギー供給機能と動力系に異常あるが、修理は可能。・・・丁度いいかもな」
シンノスケが色々と考え込んでいると、その背後にマークスが近づいてくる。
「マスター、まさか私を捨ててそのドールを・・・浮気は許しませんよ」
「おい、マークス!人聞きの悪い、気持ち悪いことを言うな!」
「冗談ですよ。ツキカゲの運用支援にということですよね。良い考えだと思います」
「お前の冗談は笑えないんだよ。っていうか、わざわざ冗談なんか覚えるな」
「私も自分の存在価値を高めるために学習し、成長しているんですよ」
「その方向性がおかしいんだよ!なんなら本当にこのドールをフブキに、お前をツキカゲに配置換えしてやろうか?」
「無理ですね。私もそうですが、セイラさんとミリーナさんが承諾する筈がありません」
「うっ・・・」
自信に満ちたマークスの言葉にシンノスケは反論することが出来なかった。