名乗らぬ奴の言うことは信じられない
「お断りします。ベルベット一味の身柄は法と規則に則って沿岸警備隊に引き渡します」
拒絶するシンノスケだが、相手が動揺している様子はない。
『拒否すると申されましても、私共はクルーズ少佐の命を受けていますのでこのまま引き下がるわけにもいきません。情報部という特性上、名乗るわけにもいきませんが、信用してもらえませんか?』
あくまでも下手に出ているように聞こえるが、駆逐艦2隻はフブキを攻撃出来る位置に移動している。
「信じるも何も、官職も名乗らない貴方達を信じろと言うのは無理があります。情報部を名乗れば我々を黙らせられると思っているのですか?第一、殆ど面識の無いクルーズ少佐の名を出されても、信じることは出来ませんよ」
『貴方とクルーズ少佐の仲はそこまで希薄ではない筈です。我々も手荒なことはしたくありません。繰り返し身柄の引き渡しを要求します』
「お断りしますと申し上げた筈です。そもそも単なる犯罪者である宇宙海賊を情報部が調べるということの法的根拠がありません。情報部には通常犯罪の被疑者に対する逮捕権はおろか、犯罪捜査権もない筈です。逮捕した宇宙海賊は私の責任において処置します」
『そうですか、残念です・・・』
駆逐艦の砲口がフブキに向こうとしたその時、フブキと駆逐艦の間にシールド艦が割り込んできた。
『おい、止めておけ!フブキを攻撃しようものならただじゃ済まねえぞ!第一、相棒のシールド艦の装甲をナメるなよ。駆逐艦の砲撃の2、3発ならゼロ距離でも受け止めるぜ!まあ、2発も3発も撃たせる気はないけどな。1発でも撃てばお前達は宇宙の塵だ』
パイレーツキラーが駆逐艦の背後に回り込んで狙いを定めている。
『何のつもりですか?宇宙軍の艦船を攻撃するということは撃沈されても文句は言えませんよ』
『文句を言うつもりはねえよ。先に攻撃しようとしたのはそっちだ!俺達3隻は船団を組んでいる。3隻のうち1隻にでも攻撃を加えたら俺達3隻による正当防衛、緊急避難が成立するぜ。やってみるか?』
民間の船乗りとはいえ、護衛や戦闘、状況によっては犯罪の取締りや逮捕権を有する護衛艦乗りだが、軍隊や沿岸警備隊等の機関よりも法令適用のハードルが高いので、各種関係法令を熟知していないと務まらない。
法規を無視してゴリ押ししようとする相手には従うつもりがないことを明確にする必要があるし、それでも駄目なら一戦も辞さない意思とこちらが本気であることを示す。
「そもそもですが、クルーズ少佐が我々を心配することがあり得ません。少佐は私のことを囮にして不穏分子をあぶり出そうとしているだけです。不穏分子をあぶり出すということなら、貴方達の行動こそ少佐が望んでいたのかもしれませんね。その目的のためなら少佐は平然と私のことを切り捨てますよ」
『そんなことを言って動揺を誘おうとしても無駄ですよ』
音声のみの通信のため相手に見える筈もないが、シンノスケはニヤリと笑う。
「動揺なんて誘っていません。時間稼ぎをしているだけです。そして・・・まんまと時間切れです」
睨み合いをしている間にシンノスケの思惑どおり時間切れだ。
レーダーに接近する複数の艦艇が映し出された。
沿岸警備隊の到着だ。
しかも、沿岸警備隊だけでなく、宇宙軍辺境パトロール隊が同行している。
「さて、これでも宇宙海賊の身柄の引き渡しを求めるなら、私とではなく沿岸警備隊と交渉してください」
シンノスケの言葉に対して2隻の駆逐艦は返答することなく、逃げるように宙域から離脱して行った。
宇宙軍辺境パトロール隊の艦が3隻、離脱した駆逐艦の追跡に入るが、追いつくことは難しいだろう。
接近中の沿岸警備隊から通信が入る。
『こちらアクネリア銀河連邦沿岸警備隊第65パトロール隊です。護衛艦フブキからの信号を受信して駆け付けました。詳しい状況報告を願います』
「こちら護衛艦フブキ、救援感謝します。本艦は宇宙海賊ベルベットの一味からの襲撃を受けましたが、僚艦と共にこれを撃退し、ベルベットとその手下を逮捕しました。ベルベット以下5名の身柄の引き渡しを要請します」
『了解しました。それでは警備隊を1個分隊と、同行している宇宙軍辺境パトロール隊員をそちらの艦に移乗させたいのですが、許可をいただけますか?』
「よろしくお願いします」
シンノスケが許可をすると直ぐに沿岸警備隊の白兵戦部隊が乗り込んできたのでマークスにベルベット達の身柄を引き渡しを頼む。
シンノスケも立ち会おうと考えたが、ブリッジを離れるわけにはいかないし、ベルベットがまた何を言い出すのか分からないからやめておく。
無事にベルベット達の身柄を引き渡せばとりあえずはこれで落着だ。
手続きが滞り無く完了すると、続いて沿岸警備隊と辺境パトロール隊の士官がシンノスケに面会を求めてきたのでマークスにブリッジまで案内するように頼む。
今更ながら考えてみると、マークスは頭部と腕部が破損しているが、そんなマークスに案内を頼んでしまった。
(異様に思われたかな?)
そんなことを考えている間にマークスが4人を案内してきた。
ブリッジに入り、シンノスケに向かって敬礼する4人。
沿岸警備隊員が2名、辺境パトロール隊員が2名で、辺境パトロール隊の2名についてはシンノスケがよく知る人物だ。
「「ご無沙汰していますカシムラ大尉」」
シンノスケのかつての部下だったカシム・クレイドル少尉とクレア・アーネス軍曹。
それぞれ大尉と少尉に昇進している。
「久しぶりです、2人とも。ところで私はもう大尉ではありません。一介の自由商人です」
シンノスケは当時の口調で答礼しながら笑った。




