緊張
ベルベット達の身柄を沿岸警備隊に引き渡すことは決定事項だが、フブキを動かそうにもブラックローズⅡの船体が噛み込んでいてフブキの身動きが取れない。
幸いにしてベルベットの配下の他の宇宙海賊達はザニーとダグにより撃退されており、大半が撃沈、残りは逃げ去っているが、周辺宙域が安全だとは限らないので沿岸警備隊到着までの間、ザニーのパイレーツキラーとダグのシールド艦でフブキの護衛をしてもらうことになった。
その間、ベルベット達はブリッジに置いておくと喧しいので、フブキの格納庫(空調設備完備で旅客室としても運用可)に押し込んでマークスによる監視下におくことにする。
ベルベット達は未だに懐柔してこようとしているが、マークス相手には全く意味がない。
「聞く耳もちません。というより、私には文字通り耳がありませんので何を言っても無駄です。ドールとの戦闘により頭部を破壊されていますので余計な判断を迫られると誤作動を起こす可能性があります。戦闘は終結していますが、演算機能の損傷により貴女達を敵と認識して戦闘再開の判断してしまう可能性があります。暴走した私に撃たれたくないならば、あまり話しかけないでください」
まるで取り付く島もない上に片腕で頭部が半分破損した状態だ。
その見た目に加え、無感情(当然だが)の言葉でベルベット達を黙らせた。
ベルベットの処遇をマークスに任せたシンノスケはブリッジでフブキの状態について確認している。
特に異常は無く、ブラックローズⅡと衝突した箇所も重大な損傷ではなさそうだ。
フブキよりもシンノスケの負傷の方が深刻だが、こちらも直ぐにどうこうなる程ではない。
「ブラックローズⅡを引き剥がさないと航行は出来ないが、他は問題なしか。・・・ん?」
その時、レーダーのモニター上に接近する2隻の船が映し出された。
『シンノスケ、アクネリア宇宙軍の駆逐艦2隻が近づいてきたぞ。沿岸警備隊が来るんじゃなかったか?』
フブキの護衛に当たっているザニーからも通信が入る。
接近中の2隻は確かにアクネリア銀河連邦宇宙軍を示す識別信号を発しているが、所属部隊を示す信号は無い。
「妙だな・・・。ザニーさん、ダグさん、念の為警戒してください」
『『了解』』
「マークス、ブリッジに戻ってくれ。嫌な予感がする」
『了解しました』
接近してくるのは宇宙軍の艦艇に間違いなさそうだが、不測の事態に備える必要がある。
シンノスケはフブキの武装のロックを解除した。
身動きは取れないが、各種武装は使用できる。
やがて、通信可能な距離にまで接近すると駆逐艦から通信が送られてきた。
『こちらはアクネリア宇宙軍情報部所属の駆逐艦です。事情があり艦名は明らかに出来ませんが、クルーズ少佐からの命を受け、周辺宙域の警戒に当たっていたところ、貴艦の救難信号を受信して駆けつけました。無事にベルベットの一味を捕えたようですね』
確かに宇宙軍には情報部に所属する艦隊が存在する。
情報収集目的の50隻程度の小部隊で、情報収集艦だけでなく、駆逐艦やフリゲート等の戦闘艦が配属されているが、情報部所属という特性から所属部隊を示す信号を発信しなかったり、発信したとしても別部隊や架空の部隊の信号を発信することも多い。
接近中の2隻はシンノスケに情報提供をしている情報部のセリカ・クルーズ少佐の命で行動しているという。
パイレーツキラーとシールド艦が駆逐艦に進路を譲り、2隻はフブキの目前に停船した。
『では、ベルベット一味の身柄を引き渡してください。我々情報部の手で取り調べを行います。賞金等の報酬については情報部から商船組合に通知して支払われるように手配しておきます。また、ベルベットの船の中の物は好きにしていただいて構いません。クルーズ少佐から貴方達には最大限の便宜を図るように命じられていますし、それらの物はこちらは必要ありませんので、軍が許可したということで処理します。違法性は阻却されますので安心してください』
本来は護衛艦乗りが宇宙海賊を捕えた際に海賊が持つ現金や宝石等の貴重品を懐に入れることは禁じられている。
危険を担って宇宙海賊の対処をしたということで、ある程度は黙認されているがそれにも限度があり、度が過ぎると海賊討伐が許可されなくなったり、組合員資格の降格や資格を剥奪されることもあるのだ。
それを軍のお墨付きで好きにして良いとは流石は軍の情報部、至れり尽くせりの対応だ。
シンノスケは即断する。
「お断りします。ベルベット一味の身柄は法と規則に則って沿岸警備隊に引き渡します」
シンノスケの返答に緊張が走った。




