懇願
「なんだよ。終わってんなら早く言えよ。俺はてっきりシンノスケ達がヤバいんじゃないかと思ったからよ、お前の船に穴空けちまったぞ」
拍子抜けしているザニーにシンノスケは肩を竦める。
「構いませんよ。ヤバかったのは事実ですしね」
「そうか。なら修理費の請求は勘弁してくれよな」
言いながら倒れているメイド服姿のドールを見るザニー。
「こいつ、こんな格好してるが戦闘用ドールだよな?」
「コサート社製、M-02型総合支援型ドール。生活、医療、艦船運用、戦闘等のあらゆる支援が可能な超高性能ドールです。この個体は内部動力源に異常があるようで完全に機能停止しています。しかし、動きが機敏すぎて近接戦闘で私も遅れを取りましたが、マスター、よく対処できましたね」
「このドール、シンノスケが仕留めたのか?」
マークスとザニーの言葉にシンノスケは首を振る。
「いや、まぐれですよ。このドールが飛びかかってきた時、確かにセンサーユニットを狙いましたが、命中したのは全くの偶然です。危機一髪でしたし、実際この有り様ですからね。応急手当はしましたが、なるべく早く治療しなければ本当に命に関わります」
実際のところシンノスケの傷はかなりの深手で、医療機関での治療が必要な状態だ。
「それならば此奴等をさっさと片付けないとな。どうする?」
「規則に則って沿岸警備隊に引き渡しましょう。ここはアクネリアとダムラ星団公国の境界の国際宙域ですが、アクネリアの沿岸警備隊に通報済です。既に付近にいた部隊がこちらに向かってますので、そちらに引き渡します」
「それがいいだろうな。この女の一味は特級の賞金首だし、俺とダグが仕留めた奴等も賞金首が揃っていた。3人で山分けしても良い稼ぎだぜ」
シンノスケとザニーが互いに頷いた時、それまで黙っていたベルベットが口を開いた。
「ちょっと、あんた等に相談があるんだけどさ、私達を見逃してくれないかい?」
「「はあっ?」」
ベルベットの突然の申し出にシンノスケとザニーは呆れの声を上げる。
「あんた等、賞金稼ぎの護衛艦乗りだろう?だったら私が賞金以上の金をあげるよ。私の船にはかなりの額の金や宝石が積んである。私達を見て見ぬふりをしてもお釣りがある程のもんさ。ケチな賞金なんかよりよっぽどいい話だろ?何ならこの場で私達を好きにしても構わないよ。言っちゃなんだけど、こんな良い女、なかなか味わえないよ」
金と色で懐柔を試みるベルベットにザニーはつまらなそうな表情を浮かべた。
「俺達はシンノスケの手伝いだからな。知ったことじゃない。それに、お前らに手を出したら女房に叱られるから止めとくわ」
ザニーが全く興味を示さないのでベルベットはシンノスケに懇願する。
「頼むよ、あんたなら助けてくれるだろ?何なら宇宙海賊になったらどうだい?私等全員あんたの手下になるよ。私等を好きな時に好きに出来て、金もガッポリ稼げる。悪くないだろ?」
「さんざん私のことをつけ狙っておいて虫が良すぎる話だ」
「そっ、そうだ。助けてくれたらあんたに良い情報をあげるよ。あんたを狙っている奴のことだよ。知りたいだろ?」
「別に貴女から聞きたいことはない。必要な情報は持っている。諦めて法の裁きを受けるんだな」
ベルベットの頼みを聞き入れるつもりは微塵も無い。
「お願いだよ。法の裁きったって、私等に待っているのは極刑か、良くて流刑惑星での永遠に重労役だ。しかも、そんな惑星に送られたら私等みたいな女がどんな目に遭わされるか分かるだろ?」
シンノスケは深くため息をついた。
「数の話をしよう。48隻、死者284人、行方不明485人。分かるか?」
「何の話だよ」
「私は今回の作戦の前に宇宙海賊ベルベット、つまり貴女のことを調べた。その調べた限りでの宇宙海賊ベルベットの犠牲になった船と人の数だ。行方不明者の中には貴女達が売りさばいた人身売買の犠牲者も含まれているだろう。これだけではない、記録に残っていない被害もある筈だ。特級の賞金を掛けられて手配されるのも尤もだよ」
「そっ、そんなこと言ったって、私だって好きで宇宙海賊になったわけじゃないんだよ。知ってのとおり、私はリムリア銀河帝国の貴族の出さ。能力が覚醒し、帝国に囚われる前に国から逃げ出した私が生きるためには他に道が無かったんだよ。でなけりゃ野垂れ死にか、何処かで娼婦にでもなるしかなかった。私だけじゃない、此奴等も同じ様な境遇さ。国籍も無い女が生きるためには仕方なかったんだよ」
見苦しいベルベットをシンノスケは冷淡な目で睨む。
「貴女には選択肢があった。自分でも話したじゃないか。宇宙海賊にならずに野垂れ死にしたり、娼婦になって生き延びたり、他にも選択肢があった筈だ。その中から宇宙海賊に身を窶すことを選択したのは自分自身だ。それに、宇宙海賊として船を襲った時、命乞いをした者がいた筈だ。貴女に売りさばかれる時、助けを乞うた者もいた筈だ。そして、その者達を救う選択肢があった筈だ。それら数多くの選択肢の中から選択をした結果が今の貴女達だ。これ以上無駄口を叩くな」
冷たく言い放つシンノスケにベルベットは表情を変えて舌打ちした。
「チッ!話の通じないクソみたいな男だねえ。あんたみたいな男はこっちから願い下げだよ」
ベルベットの言葉にシンノスケは満足気に頷いた。
後は沿岸警備隊の到着を待つだけだ。
「ん?・・・ザニーさん、女房って?」
「なんだよ、俺に女房がいちゃ変かよ?」
「はい、いえ・・・いいえ変じゃないです」




