出港の時
翌日、普段どおりに早めに出勤した自由商船組合職員リナ・クエストはイリスからの報告を受け、思わず組合から駆け出していった。
今の時間は午前7時30分過ぎ。
8時に出港するということはシンノスケのフブキは既に発進シークエンスに入っており、個人携帯端末での連絡を取ることはできなくなっている筈だ。
以前、護衛艦ケルベロスに乗っていた頃のシンノスケのドックは組合に近かったのだが、保有艦艇を増やしたことにより移転したドックは組合からも遠く、走るどころか、軌道交通システムを利用しても間に合わないだろう。
だから、目指すは自由商船組合の近くにある宇宙港公園。
コロニーから張り出すように設置された宇宙港公園には超硬化ガラスで覆われた展望台があり、ドックに出入港する宇宙船を見物することができるスポットになっている。
この展望台ならばフブキの出港と管制航路に向かう姿を見送ることが出来る筈だ。
その頃、シンノスケはフブキのブリッジで出港の手順を進めていた。
「よし、全システム異常なし。マークス、管制室に出港要請を頼む」
「了解、既に要請済です。船台が移動します」
ブリッジのモニターを見てみれば、フブキを見送るセイラ達の姿が見えるが、特にセイラとミリーナは不安そうな表情を浮かべて出港しようとしているフブキを見ている。
「しかし、2人共よく聞き入れてくれたな」
「本件の決着がつくまでは別編成の予定でしたからね。しかし、セイラさんもミリーナさんも、そのことを頭では理解していても、感情的には納得はしていないのでしょう。私には理解できない感情ですが、無理を言って決戦に向かうマスターの憂いにならないように配慮しているのでしょう」
シンノスケは薄い笑みを浮かべた。
「そうだろうな。これは意地でも無事に帰還しなければならないぞ。万が一にも返り討ちにあってしまったら2人に叱られてしまうからな」
そんなことを話している間にフブキが載せられた船台が移動を始め、ドックの機密扉が閉められ、更に後方の気密扉が開放されて船台が出港位置に押し出される。
「船台固定、ロック解除。出港許可下りました」
「了解。フブキ、出港する」
シンノスケはスラスターを噴射してフブキを浮き上がらせた。
宇宙港公園に到着したリナは真っ直ぐに展望台に駆け上がる。
「はぁはぁ、はぁ・・・・間に合った・・・」
展望台の超硬化ガラスに駆け寄ったリナ。
展望台から離れた位置にあるシンノスケのドックからフブキが浮き上がるのが見える。
出港したフブキはこの展望台の前を通過して管制航路に向かう筈だ。
遠方に見えるフブキが回頭し、こちらに向かってくる。
近づいてくるフブキにリナは両手を組み、シンノスケ達の無事を祈った。
「シンノスケさん、無事に・・・無事に帰ってきてください」
やがてフブキが展望台で見送るリナの前を通過する。
リナの目の前で、船体を左右にゆっくりと揺らしながら通過するフブキ。
「シンノスケさん・・・必ず帰ってきて下さいっ!」
聞こえるはずもないが、リナは遠ざかってゆくフブキに向かって叫んだ。
フブキは管制航路に向けて徐々に速度を上げる。
「マスター、只今のヨーイング機動は何か意味があったのですか?」
急に船体を揺らしたシンノスケにマークスが問いかける。
「いや、別に・・・。なんとなくだよ」
「そうですか。先程通過した宇宙港公園の展望台にリナさんの姿がありましたが、それとは関係ありませんか?」
「ん?そうだったのか?全然気付かなかったな」
マークスの問いに白々しく答えるシンノスケ。
「そうですか。気が付きませんでしたか。・・・マスター、これで帰還出来ずに宇宙の塵にでもなろうものならセイラさん、ミリーナさんだけでなくリナさんにも叱られますよ」
「ハハハッ、それは恐ろしいな」
「まったく・・・。マスターの巻き添えになって私まで叱られるのは嫌ですよ」
シンノスケは肩を竦めて笑う。
「まあそう言うなよマークス。俺達は相棒だろ?最後まで付き合えよ」
「冥府にでも何処にでもお供しますが、あの3人に叱られるのは御免被ります。マスターお1人でどうぞ」
「そんなツレないことを言うなよマークス」
くだらないことばかり話すシンノスケに対してマークスは最近学習したばかりのため息を模した音声を発する。
「はぁ・・・馬鹿なことばかり言ってないでください。間もなく航路局の管制下に入ります」
「了解。それじゃあ行くか!」
スロットルレバーを押し込んだシンノスケはベルベットとの決着をつけるため、目的の国際宙域へと針路を取った。




