おっさん軍団
ベルベットは主にアクネリア銀河連邦に隣接する国際宙域を縄張りとする宇宙海賊だ。
基本的には単艦で行動することが多いが、カリスマ性の高い彼女は時として他の宇宙海賊と連携し、船団を組んで民間船を襲うこともある。
大胆にして慎重、恐ろしく勘が鋭く、危険を感じれば獲物に固執することなく姿を消す。
それでいて、勝算ありと踏めば救援に駆けつけた護衛艦はおろか、沿岸警備隊や宇宙軍の艦艇に牙を剥くことも少なくない。
長距離からの砲撃で獲物の足を止めて襲うことが多いが、状況に応じて相手に肉薄して接近戦に持ち込むこともある。
狙う獲物はレアメタルから人身まで多岐にわたり、その被害は甚大でありながら尻尾を掴ませない狡猾な宇宙海賊で、捕縛された他の海賊からの情報で女性であるということしか知られていない。
生死を問わず高額の賞金が掛けられており、今までにも数多くの賞金稼ぎの護衛艦乗りがベルベットの討伐を狙ったが、手掛かりすら掴めずに無駄足を踏むか、返り討ちにあったのか行方不明になる者が続出する特級の賞金首の海賊だ。
「しかし、ベルベットを狩るとして、どうするんだ?奴は神出鬼没、狙って狩れるようなタマじゃないぜ?」
ダグの疑問にシンノスケは肩を竦める。
「狙って狩る必要はありませんよ。狙われているのは私の方ですからね。貿易か何かに見せかけて出港して適当に動き回れば向こうの方から近づいてくると思いますよ」
ザニーも頷く。
「確かに、狙われているのはシンノスケ。放っておいてもシンノスケが餌になるということか。しかし、ベルベットは狡猾だ。シンノスケはともかく、付近の宙域を俺達が彷徨いていたら出てこないかもしれんな」
「ダグさんの言うことも尤もですが、他に良い案が浮かばない以上は仕方ないでしょう。お2人はフブキから十分に距離を取って潜んでいてもらい、ベルベットが接触してきたら援護に駆けつけてもらう、ってのはどうですか?」
シンノスケの提案を聞いたザニーの表情が険しくなり、鋭い目でシンノスケを睨む。
「確かにそれが良いのかもしれないな。・・・だがシンノスケ、1つだけ、勘違いするなよ?」
「はい?」
「シンノスケは実際にベルベットとやり合ったことがあるからそんなことはないと思うが・・・。ベルベットを甘く見るな。1対1で勝てると思うなよ。フブキだけで立ち向かえば良くて相討ち、下手すりゃ返り討ち。俺達の船3隻が束になっても勝てる保証は無い相手だ。それに、ベルベットが馬鹿正直に単独で挑んでくるとも限らねえぞ?確実にシンノスケを仕留めるならば手下を従えてくる可能性も高い。いや、きっとそうだ!」
「そんなことは分かっていますよ。ただ、私としても降りかかる火の粉を放っておくつもりはありませんし、負けっぱなしというのもね。宇宙海賊ベルベット、彼女との因縁もこれまでにするつもりです」
不敵に笑うシンノスケにザニーとダグも同じ様に笑う。
人相の悪い3人組の不敵な笑みは悪巧みをしているようにしか見えない。
「それじゃあ決まりだな。俺とダグとシンノスケにマークス。4人で海賊狩りだ!ありったけの重装備で行こうぜ!」
ザニーの声に4人は立上がる。
早速行動を開始することにしたシンノスケ達は再び自由商船組合を訪れた。
海賊狩りに出ることを組合に申請するためた。
ザニーとダグには別の担当者がいるため受付の前で分かれて別々に手続きをする。
シンノスケはカウンターを見渡すがいつものカウンターにリナの姿が無い。
リナは見当たらないがイリスがいたのでそちらで手続きをすることにした。
「イリスさん、ちょっと海賊狩りに出掛けるので手続きをお願いします」
シンノスケの急な申し出に困惑するイリス。
「えっ?海賊狩りですか?シンノスケさん達が?」
「はい。私とマークス、そしてザニーさんとダグさん。護衛艦3隻で向かいます」
「えっと・・・あの、今日はリナさんが休みでして・・・。明日の手続きではいけませんか?」
「すみませんが、明朝8時には出港する予定なので手続きをお願いします」
イリスもカシムラ商会の担当者の1人としてシンノスケの置かれた事情は把握している。
そのシンノスケが海賊狩りに出るということはシンノスケを狙う海賊と決着をつけるつもりなのだろう。
シンノスケの表情を見ればそれがかなり危険なことがうかがい知れる。
現に出港するフブキの乗組員はシンノスケとマークスだけで、セイラとミリーナは搭乗しないようだ。
リナの気持ちを知るイリスはこの手続きはリナが受理すべきだと思ったのだが、シンノスケが直ぐにでも手続きを望んでいるならば仕方ない。
イリスは自由商船組合職員としての義務と責任を全うすることにした。
「・・・はい、手続き完了しました。出港は明朝8時。くれぐれも慎重に、海賊船と民間船を誤認しないように留意してください。そして何より、気をつけてください」
「ありがとうございます」
手続きを終えたシンノスケは受付カウンターを後にする。
「あのっ、シンノスケさん!」
イリスに呼び止められ、立ち止まって振り返るシンノスケ。
「はい、何でしょう?」
「リナさんに何か伝えておくことはありませんか?」
そんなことを急に言われても即座に気の利いた言葉が出るようなシンノスケではない。
「そうですね・・・行ってきます、とでも伝えてください」
そう言うと再び歩き出すシンノスケ。
横を歩くマークスが呆れた様子だ。
「マスター、もう少し気の利いた言葉は無かったのですか?」
「そう言われてもな・・・思い浮かばなかった。というより、何を言っても非公式軍規に抵触しそうだしな・・・」
「マスター、先程のシチュエーションでの『行ってきます』は非公式軍規第13条に該当しますよ」
「そんなこと言ってたら何も発言出来ないだろう!とりあえず、俺の中では10条以降は無効だ」
そんなことを話しながら組合を出る2人。
宇宙海賊ベルベットを倒すため、おっさん4人組(シンノスケは辛うじてまだ20代だし、マークスもシンノスケより年下だから2人とも自分のことをおじさんだとは認めていない)による海賊狩りが始まる。