情報も商品
惑星トームで短い休息を取ることにしたシンノスケだが、休みの有意義な使い方を知らないシンノスケは何をすればいいのか分からない。
『何をすればいいのか分からないなら何もしなければいい』ということで、海辺の天然の砂浜でのんびりと日光浴を楽しむことにした。
現地調達したラフなシャツにハーフパンツ姿で浜辺に置かれたビーチチェアに横たわるシンノスケ。
傍らのテーブルにはステラが用意したドリンクが置かれている。
グラスの中にはシンノスケが持ち込んだ合成フルーツ茶。
普段のボトルだと紫色の毒々しい印象の飲料だが、色鮮やかなフルーツが盛られててみると、フルーツの色合いとマッチしてなかなか美味しそうだ。
一口飲んでみれば、たっぷりの氷でキンキンに冷やされているのでとても爽やかで美味い。
一方、マークスはというと、シンノスケの隣で、どういうわけか海パン姿で身体に何やらオイルの様なものを塗っている。
「マークス、お前、普段服を着ているのは様々な道具を収納するのに便利だからだよな?」
「そうですが?」
「だったら、何で海パンなんて穿いているんだ?」
「ここはヌーディストビーチじゃありませんから。水着を着用するのは当然です」
「でもお前、筋金入りのメカドールだろう?」
「そこはTPOを弁えてのことです」
まるで実のない会話を続ける2人。
「ところで、お前さっきから何を身体に塗っているんだ?」
「金属用のワックスです。これを塗ることによってボディが艶々になります」
「そんなことしてなんになるんだ?」
「特に意味はありません。人間だって身体にサンオイルを塗ってわざと日焼けをすることがありますよね?私はその真似をしているだけです」
「そういうもんか・・・」
「そういうものです」
「ところでマークス、お前海に入るなよ。海水は塩水だから錆びるぞ」
「私は錆びるような安っぽい身体ではありません。尤も、好き好んで海には入りませんよ。身体は錆びませんが、沈んでしまいますから」
いつまでも無意味な会話を続ける2人にしびれを切らしたのはシンノスケの傍らのテーブルを挟んだ隣にいるレイヤードだ。
「どうでもいい会話を続けていないでください。本題に入りたいのですが?」
シンノスケ達とは裏腹にスーツ姿のままのレイヤードだが、実はまだシンノスケとレイヤードは商談中なのである。
とはいえ、レアメタルの取引は既に完了し、納品と支払い手続きは完了しており、シンノスケの目的は達成されたのだが、レイヤードが新たな商談を持ちかけてきたのだ。
「しかしレイヤードさん。情報を売ると言われても、それは我々にとって価値があるものなんですか?」
シンノスケも軍人上がりなのだから情報の重要性は知っている。
しかし、情報というものは形のない、不安定なものであり、投資に見合うだけの価値がある保証はないのだ。
むしろ、その保証があるかのように売り込んでくる人物は信用することができない。
「私の商品に価値を見いだせるか否かはカシムラ様次第ですね。ただ、私としてはカシムラ様に全く関係のない商品だとは思っていません」
確かにレイヤードもここでシンノスケにガセネタや価値の低い情報を売りつけてシンノスケの信用を損ねるようなことはしないだろう。
一時の儲けのために姑息な手口でシンノスケを騙して、その信用を失えば、次の取引の機会がいとも簡単に失われることをレイヤードは知っているのだ。
「商品を見せろ、とは言えないので、博打のような取引になりますが、レイヤードさん、見積もりを教えてもらえますか?」
「私共としては、この商品はこの程度の価値があると考えております」
そう言いながらレイヤードはシンノスケにメモ紙を渡してきた。
そのメモを見たシンノスケの表情が厳しくなる。
「これは随分と高額商品ですね」
「まあ、元々は商品としてではなく、私共の今後の判断のために必要なものとして集めていた情報ですが、どうやらカシムラ様にとって役に立つものではないかと思いまして、提案させていただいた次第です。ただ、情報の確度は高いのですが、カシムラ様との関わりについての裏が取れませんでしたので、必要経費に少しだけ上乗せした価格にしております」
ということは、シンノスケとの関わりがはっきりしているならばさらに高い見積もりになるということだ。
「商品の中身も知らずに決めるのはリスクが大きすぎます。元々はレイヤードさんの商会のために集めていた情報ということらしいので・・・提示価格より3割引いてもらえるなら」
「30パーセント引きとなりますと私共の儲けがありません。これはあくまでも商取引であり、その商品が情報というだけです。・・・15パーセント引きでは如何ですか?」
「それでは商品に対する魅力が薄れてしまいますね・・・」
この時点でシンノスケとレイヤードは互いの着地点を見出していた。
「「ならば、」」
「2割引なら買います」
「20パーセント引きで手を打ちます」
互いの妥協点が一致し、無事に取引が成立したのである。
「で?どのような情報なんですか?」
「はい、結論から言えば、今回のリムリア銀河帝国の侵略戦争が長引いているのはアクネリア銀河連邦に原因がある。ということです」
何やら責任転嫁のような内容だが、詳しく聞いてみると納得のいく内容だ。
曰く、リムリア銀河帝国はダムラ星団公国に侵略戦争を仕掛ける際、当初の予定ではもっと短期間に公国を制圧できる予定だった。
しかし、援軍を送り出さない『筈』だったアクネリア銀河連邦が迅速に援軍を送り込んできたため、帝国の思惑が外れ、戦争が予想外に長期化しているということだ。
「アクネリアが援軍を送らない筈だった・・・。それはつまり、アクネリアとリムリアの間でそういった密約が交わされていたと?」
「はい。あくまでもアクネリア銀河連邦宇宙軍の一部の者、それなりの力を持つ者との密約です。しかし、アクネリア宇宙軍の基幹艦隊である第2艦隊司令の交代が行われたため、予定が大きく狂ってしまったのです。これはアクネリアの一部の者と、リムリアにとって大きな誤算でした」
レイヤードの言う情報とシンノスケの関係が少しずつ見えてきた。




