新編成
「・・・というわけで、俺達、というか、俺が艦長を務めるフブキについては当面の間、貨物輸送業務や護衛業務を受けることが出来なくなったが、アンディのツキカゲについてはフブキと帯同しないことを条件に貨物輸送業務等を受けられることになった」
ドックに戻ったシンノスケは商会のクルーに対して今後のことについて説明する。
「でも、ツキカゲだってシンノスケさんの船なんですから、狙われる可能性があるんじゃないですか?よく組合が認めてくれましたね」
生真面目に挙手をしながら質問するアンディ。
「その危険性については、問題ないと考えている。俺を狙っている奴等、敢えて言うならば敵だが、その敵には其奴の背後を狙う別の敵がいる。しかも、その別の敵・・・面倒くさいからはっきり言うが、軍情報部は俺をエサに不穏分子を排除するつもりだ。そうなれば、敵も余計な動きは出来ない。俺の周囲を狙って足元を掬われるようなことは避ける筈だ」
つまり、シンノスケの周辺者を害するようなことをすれば軍情報部の監視も強化されるし、僅かな手掛かりでも残せば喉元に食いつかれる。
そうなっては本末転倒というわけだ。
「あの、そうしますと今後はどうするのですか?」
アンディに倣って控えめに挙手をするセイラ。
シンノスケは皆を見渡した。
「俺としてもこの状況を長引かせるつもりはない。そのためには逃げ回ったり、隠れたりして無駄に時間を費やすわけにはいかないから、通常どおり船を出して仕事を続け、敵の出方を見る」
「確かにその方が手っ取り早いですわね」
頷くミリーナ。
「そこで、事態が終息するまでの間、各艦の編成替えをすることにした。先ず、フブキは俺とマークスの2人で運用し、貿易やその他の単艦で行える仕事を請け負って敵の動きを呼び込んで対処する。残りの4人はツキカゲでの貨物輸送業務を中心に通常業務を行ってもらう」
シンノスケの言葉を聞いたセイラとミリーナが立ち上がる。
「「ちょっと待ってください!」」
「あの、私はフブキの航行管制、通信担当です。危険だからという理由で外されるのならば納得できません!」
「私もですわっ!今のシンノスケ様には私の能力が必要ですっ!決して無理をしないと約束しますので、私をフブキから降ろさないでくださいまし!」
2人の剣幕(この場合はセイラの方が声が大きかった)に気圧されるが、シンノスケは冷静に説明を続ける。
「2人がツキカゲに回ってもらうのは危険だからという理由だけではない。フブキとツキカゲでは艦の性能に差があるし、アンディ達も一端の護衛艦乗りではあるが、まだ経験が足りない。そこでセイラとミリーナにツキカゲに乗艦してもらいアンディとエレンのサポートをしてもらいたい。そして、アンディは艦長としてエレン以外の乗組員を指揮する経験を積んでもらう。加えてミリーナは事業用資格を取得するためにフブキだけでなく他の船の操縦経験を積んだ方がいいし、セイラにしても他の船で経験を積むことはいいことだ。将来的には新たに船を増やすことがあるかもしれないし、フブキから他の船に乗り換える必要に迫られるかもしれない。それらの事態に対応できるため、皆には大いに経験と実績を積んでもらう必要があるんだ」
そこまで言われればセイラもミリーナも頑なに反抗することは出来ず、渋々ではあるが、2人もシンノスケの提案を受け入れた。
こうして新編成での運用が決まったのである。
カシムラ商会の新編成が決まった翌週、先ずはシンノスケとマークスが搭乗するフブキがレイヤード商会との取引のためにダムラ星団公国に出港することになった。
因みにアンディのツキカゲはフブキ出港の5日後に貨物輸送業務に加えてサイコウジ・デザイナーズでアンディとエレンの制服を誂えるという目的のためにアクネリア銀河連邦内のガーラ恒星州へと向かう予定だ。
出港するフブキを見送るアンディ達だが、特にセイラとミリーナの表情が暗いことがブリッジのモニターからでも見て取れる。
「なんて顔をしているんだあの2人は」
「心配なんですよ、マスターのことが。それに、彼女達の手の届かない所にマスターが行くのが不安なんでしょう」
「そんなもんかね?」
「マスターはもう少し女心というものを学習するべきです。でないと3方向からがんじがらめになりますよ」
「だったらマークスが教えてくれよ」
「何故工業機械の私に教わろうとするのですか?私に限らずですが、この手のことで他人に助言を求めるとろくな結果になりませんよ」
「そうだよなぁ。・・・まあいい。さあ、行くか!」
渋い表情のままシンノスケはフブキを出港させた。
コロニーの管制宙域ならば滅多なことは起こらないが、シンノスケは警戒を怠らない。
「マークス、何が起こるか分からないから索敵レーダーは常に最大出力のまま進むぞ。フブキの索敵能力ならば大概の船よりは先に相手を察知できる。索敵についてはマークスに任せるぞ」
「了解、お任せください」
「狙われるとしたら多分宇宙だろうし、管制宙域を出た後だろうがな・・・」
呟くシンノスケ。
「マスター、1つ確認なんですが、皆の前では虚勢を張っていましたが、内心は違いますよね?」
「当たり前だ、凄くビビっているよ。何だよ、命を狙われるって。大佐・・じゃなくて准将もしつこ過ぎだろう。もう俺のことは放っておいて勝手に出世でもなんでもしてくれよ、って感じだよ」
「やはりそうでしたか」
「だがなマークス、こんな事態に恐怖を感じるのは人として自然なことだし、恐怖心を軽んじる者は長生きはできない。恐怖を自覚しながらそれを制御し、降りかかる脅威に対して適切に対応する。これが宇宙軍の頃から自分の心に刻んだ真理だよ」
「だから他の皆さんの前では強がっていると・・・」
「当たり前だ。指揮官の恐怖心を部下が悟れば士気に影響する。だから俺は精一杯の虚勢を張っているんだよ、マークス」
「私の前では虚勢を張る必要はないのですか?」
「そりゃそうだ。マークスは部下や仲間じゃなくて相棒だからな」
「そうですか。それはとても嬉しいですね」
マークスの返答を聞いたシンノスケはため息をつく。
「お前、感情がこもってないぞ」
「当然です。私には感情なるものはありません。マスターの言葉に対して最善と思われる返答を選択したに過ぎません」
「うそつけ」
くだらない会話を交わしつつ、久々にシンノスケとマークス、2人での航行が始まった。




