船乗りと組合職員は一蓮托生
鬼のようなリナからの呼び出しメッセージの有無にかかわらず、仕事を終えたシンノスケはその報告のために組合に行かなければならないのだが、今回に限ってセイラもミリーナもついてきてくれない。
挙げ句、マークスまでもが
「自衛のための危機回避機能が作動したため無理です」
と訳の分からないことを言い出す始末だ。
そのような経緯で1人で組合に来たシンノスケと受付カウンターでシンノスケ待ち受けるリナ。
請け負った仕事を完了したことを報告するシンノスケに対してリナは淡々と処理を進めている。
「はい、手続き完了です。報酬は商会の口座に振り込んでおきます。お疲れ様でした」
無表情だが、何も言わないリナの様子にシンノスケはこのままやり過ごせるのではないか、と無駄な期待を抱く。
「ありがとうございます。手続きが完了したので私はこれで・・・」
「これで・・・何ですか?」
リナの表情を見たシンノスケは背筋が寒くなる。
はっきりいって恐い。
「いや、用件が終わったので、邪魔になる前に帰ろうかと・・・」
「用件が終わった、ですか?まだ終わってませんよ。むしろここからが本題です」
そう言うとリナは事務室の奥の応接室の扉を指差した。
「・・・はい」
今のシンノスケにリナに逆らうだけの勇気は無い。
そのまま応接室へと連行される羽目になった。
応接室のソファに座るシンノスケの前にリナが淹れたコーヒーが置かれ、向かいに厳しい表情のリナが座る。
「・・・。今から私がお聞きすることは全て私から組合長にまで報告されるものとご承知ください」
リナの厳しい表情は単に怒っているものではなく、何かの覚悟を決めた表情だ。
それならばシンノスケもそれに応えなければならない。
シンノスケも気持ちを切り替える。
「はい。分かりました」
シンノスケが頷くとリナは大きく深呼吸をした。
「イリスから聞きました。『シンノスケさんが命を狙われている』と。それは事実なのですか?」
「はい。確たる証拠があるわけでもないし、今のところ実際に狙われたわけでもありませんが、おそらくは事実です」
「何か心当たりはありますか?」
「正直いって『どれのことやら』です。ただ、これもおそらくですが、私が撃沈したり、捕らえた宇宙海賊やチンピラの類ではありません」
「もっと大きな・・・つまり、何らかの組織ということですか?」
敢えて言葉を濁すリナ。
「まあ、情報提供者の筋からもそういうことでしょうね」
ここでリナは自分の分のコーヒーを一口飲むと、シンノスケを見据えた。
「単刀直入に伺います。シンノスケさんを狙っているのは軍の関係者ですか?」
「・・・これも確証はありませんが、おそらくそうです。ただ、私は宇宙軍に所属していた時に軍の一部の高官に疎まれ、その結果として軍を去りました。それでも溜飲を下げずに私を狙うというのはあまりにも不自然だと考えています」
「と、言いますと?」
「はっきり言ってリスクが高すぎます。こう言ってはなんですが、私を始末するならある程度の手練れが綿密な計画を立てた上で実行することが必要です。しかも、あのマークスが一緒にいる時には私を仕留めるどころか、実行することすらも困難です。私はその辺の金で雇われたチンピラ程度の行きずりの手段でどうこう出来るほどの間抜けではありません」
「でも、相手が軍の関係者なら危険ではありませんか?」
「私に情報提供をした人にしてみればそれこそ思うツボですよ」
「どうこうことですか?」
「情報提供者の目的はこの私をエサにして軍の中に残る膿を始末するチャンスを窺っているのでしょう。何かを成し遂げようとするならば、正規にせよ非正規にせよ必ず人や金が動きます。その僅かな歪を狙っているのでしょうね。私が狙われていることを伝えたのだって『手掛かりを掴むのが面倒だから、安いチンピラにやられるな!』という意味ですよ」
シンノスケの言葉にリナは盛大にため息をつく。
「今のシンノスケさんの話を聞いて私はシンノスケさんを心配していますし、とても怒りを覚えているのですが、シンノスケさんや、他の皆さんは平気なのですか?」
「私は別に・・・。今更私の命を狙ってもなんの得にもならないでしょうに、そんなことに労力を使うのは無駄だと呆れていますが、それが現実ならば仕方ありません。私としては必要な対処をするだけです。セイラやミリーナについては、私の心配をしてくれていますが、私の態度がこのとおりなので、呆れられているのでしょうね」
淡々と話すシンノスケにリナも呆れを覚える。
そして、秘めていた考えを口にする。
「・・・シンノスケさん、1つ提案があります。これは個人的な提案で、自由商船組合としての提案ではありません」
「何ですか?」
「私の家族には軍にも影響力がある連邦議会議員や省庁の高級幹部がいます。そちらのラインから軍に圧力を掛けてもらうことができます。シンノスケさんを狙う者に心当たりがあるならば、なおのこと効果的です。公私混同の手段ですが、私はシンノスケさんを守るためならどんなことでもします」
リナの申し出にシンノスケは迷わず首を振る。
「お断りします」
「・・・ダメですか?」
「組合としてのバックアップならともかく、リナさん個人というのが問題です。しかも、その案では失敗した時のダメージはリナさんにでなく、リナさんのご家族が被ることになります。そんな策に乗るつもりはありませんし、そもそも逆効果です」
「逆効果?」
「事態が複雑化する可能性が高いです。私が軍を去った後、宇宙軍内に綱紀粛正の嵐が吹いたと聞いています。その嵐を生き延びた狡猾な奴等が相手です。外部からの圧力の効果があるとは思えません。むしろ、私の命を狙うという目的の手段がより巧妙化して、対処が難しくなります」
リナは寂しそうに俯いた。
「私にはシンノスケさんのために何か出来ることはないのですか?」
「今のところはありません。変に圧力を掛けると、その圧力の出処を辿ればリナさんの関与が相手の知るところになります。そうなるとリナさんの身にも危険が及ぶかもしれません。リナさんにそんな危険を負わせるわけにはいきませんよ」
「確かに、私は組合職員でシンノスケさんのクルーではありませんし、組合職員はセーラーさんと危険を共にすることもありません。それでも、厚かましいことかもしれませんが、組合職員の多くはセーラーさんと共に仕事をする仲間だと思っている者も多いのです。私も同じ気持ちです・・・」
リナの言葉にシンノスケも頷く。
「それは私達も同じです。我々自由商人は組合無しには仕事にありつけませんし、組合も自由商人無しには成り立ちません。いわば、船乗りと組合職員は一蓮托生だと思っています。だからこそ、今はリナさんには私の担当者として、何事もなかったように振る舞って、組合職員の責務に徹して欲しいのです。その方が私が動きやすい」
シンノスケの顔をじっと見るリナ。
そして、その表情が厳しさを増した。
「・・・分かりました。そういうことでしたら私は普段どおり、組合職員としての責任を果たします。ただ、組合として判断すると、今後暫くの間はシンノスケさん達に貨物輸送業務や旅客業務を斡旋するわけにはいきません。護衛業務についても、シンノスケさん自身が狙われているとなると斡旋は難しいです」
「それは仕方ないですね。当面は全て自己責任の貿易業務で食いつなぎますよ。・・・なるべく早くケリをつけたいものですね」
用件は終わったということで立ち上がって応接室を出ようとするシンノスケだが、そんなシンノスケをリナが呼び止める。
「あっ、シンノスケさん、もう1つお話が」
「何ですか?」
「今までどおり、ということなので、今度またデートしてください」
「はっ?」
厳しい表情から一転、普段どおりの笑顔のリナにシンノスケは即応することが出来なかった。




