緊急入港
フブキとツキカゲは両軍の砲火が交わる最前線を突破して公国艦隊の勢力圏へとたどり着いた。
とはいえ、そこが戦場であることに変わりはなく、まだ帝国艦隊の攻撃の射程内だ。
「フブキ、方位2、脅威度4、着弾12秒。続いて方位8、脅・・い・度5、着弾14秒・・・ツキカゲ、方・・3、・・・脅威度2・・・」
ここまでミリーナの誘導で流れ弾を避けながら進んできたが、気がつけばミリーナの様子がおかしい。
シンノスケは左後方の副操縦士席を振り返って見た。
「ミリーナッ!」
額の第3の目を開いたミリーナだが、汗まみれで虚ろな表情だ。
今までに第3の目を開いたことは何度もあったが、こんな状態になったのを見たことはない。
「・・・申し訳ありません。大丈夫です。・・・続いてフブキ・・方位9・・・」
大丈夫な筈がない、口調もいつものミリーナでない。
かなり無理をしているのは明らかだ。
「ミリーナ!よく分からないがそれ以上能力を使うな!」
「大丈夫です・・・」
「無理をするな、ミリーナ」
「脅威度2・・」
「止めろ、艦長命令だ!従えないならブリッジから出ていって自室で待機しろ」
「・・っ!」
鋭く言い放つシンノスケにミリーナがビクリとする。
「ここまでくれば俺もアンディも大丈夫だ。頼むから無理をせず休んでくれ。何なら待機でなく自室で休んでくれて構わない。セラ、付き添ってやってくれ」
「はっ、はい」
立ち上がろうとするセイラを首を振って拒絶するミリーナ。
「大丈夫です。シンノスケ様、指示に従いますのでここにいさせてください・・・」
改めて見ればミリーナの額の目は既に閉じているが顔色が酷く悪い。
相当無理をしたようだが、ブリッジを離れるつもりはなさそうだ。
「分かった、無理をせずにそこで休んでいてくれ。・・・すまない、無理をさせた」
「私が望んでやったことです」
フブキとツキカゲは既に公国艦隊の後方にまで到達している。
ウェスリー中央コロニーは目の前だ。
中央コロニー付近の宙域には自由商人の護衛艦と思われる艦船が数多く展開していた。
コロニーに危機が迫っているため、自由商人の護衛艦が動員されてコロニーの防衛に当たっているのだろう。
「これはかなりヤバい状況だな」
ダムラ星団公国艦隊も精強だが、リムリア銀河帝国艦隊に数で押されている。
護衛艦まで動員されているのが危機的状況に陥っている証拠だ。
「シンノスケさん、コロニーからドックの位置データが来ました。連絡のとおりビーコンの発信はできないので、そのまま緊急入港してくださいとのことです。気密扉は入港直前に開放するとのことです」
「了解。アンディ、マニュアルでの緊急入港だ、ヘマをして船をぶつけるなよ」
『大丈夫です。ビビりな俺ですけど、精密操艦には自信があります』
「臆病なのは護衛艦乗りの美徳で長生きの秘訣だよ。・・・よし、行くぞ!」
「了解、任せてください」
シンノスケは指定されたポイントにフブキの艦首を向けた。
まだ速度は落とさない。
ギリギリまで速度を維持してドックに飛び込む。
船乗りの腕の見せ所だ。
「このまま不規則機動を維持して直前で軸線に乗せる」
宇宙港に入港しようとする宇宙船は完全に無防備になるし、受け入れるドックにミサイルでも飛び込んだら大惨事になる。
その危険を最小限に抑えるためにコロニーからの誘導ビーコンは発信できず、直前までドックの気密扉も開くわけにはいかないし、入港しようとする船にしても入港の瞬間を狙われないために直前まで不規則な機動をして狙いを定めさせないようにするのだ。
フブキとツキカゲは展開している護衛艦の間を縫うように進む。
「指定ドックの気密扉が開き始めました」
「了解、確認した。2隻同時に飛び込むぞアンディ」
『了解』
フブキとツキカゲは横並びになり開放されたドックに接近する。
ビーコンどころか誘導灯すら最小限だ。
シンノスケとアンディは艦をドックへの入港軸線に乗せた。
「ドックまで入港まで300、シンノスケさん、速度が速すぎます」
「ギリギリまで速度を維持する」
そうこうしている間にドックは目の前だ。
「シンノスケさん!」
「シンノスケ様っ!」
シンノスケはスロットルレバーを一気に引くと同時に逆噴射のレバーを引いてフブキを急減速させた。
ツキカゲも同時に急減速する。
「よし、入港する!」
フブキとツキカゲは同時にドックに入港し、指定された船台に艦を載せた。
2隻が入港すると直ちに気密扉が閉じられる。
とりあえず一安心だ。
『ウェスリー中央コロニー港湾管制室より護衛艦フブキ並びにツキカゲ。こんな状況ですが、ウェスリー中央コロニーにようこそ』
「こちらアクネリア銀河連邦サリウス州自由商船組合所属の護衛艦フブキ艦長のカシムラです。短い滞在ですが、よろしくお願いします。早速ですが荷下ろしの手続きをお願いします」
『了解しました。既に荷受け業者が待機していますので、事務手続き終了後、直ちに作業に入ります』
シンノスケはフブキのエンジンを停止させるとセイラとミリーナを伴ってフブキを降りた。
アンディ達もツキカゲから降りてくる。
「アンディ、お疲れさん。見事な操艦だったぞ」
シンノスケの言葉にアンディは敬礼しながら笑顔を見せた。
「いや、いっぱいいっぱいでした。俺もまだまだです」
そんなアンディに笑い返したシンノスケはアンディの肩に手を掛けた。
「そんなことはない。別に過信する必要も無いが、立派な護衛艦乗りだよ。・・・ん?・・ところでアンディ、お前、何でずぶ濡れなんだ?」
どういうわけかアンディの制服や頭が水に濡れている。
「はい、頭を冷やしました!」
「はあっ?」
首を傾げるシンノスケの目の前をマークスが素知らぬ顔で通り過ぎた。




