新たなる潮流
サリウス州中央コロニーに戻ってきたシンノスケは改めてカシムラ商会の収支状況について確認してみた。
商会としての基本的な支出は、護衛艦の維持管理費、組合から借りているドックの使用料、クルー達の給与や生活費、そして各種税金と商船組合の組合費等が主な固定費だ。
他に護衛艦のエネルギーや弾薬等の消耗品や損傷を受けた際の修理費等の費用が掛かる。
そして、収益といえば、護衛や輸送任務による報酬と、サイコウジ・インダストリーと結んでいるフブキのデータ提供による契約費が主だ。
それにたまに行っている貿易による利益が加わる。
現時点での収益としては、中古船のツキカゲを買った直後だが、臨時収入もあり商会としての純利益は結構な額となり、中古の護衛艦をもう1隻なら導入してまだ余る程度だ。
「とはいえ、暫くの間は新しい船を買うなんて無駄遣いをするつもりはないけどな・・・」
商会を設立し、フブキとツキカゲの2艦体制になったばかり。
さらなる事業拡大を強行してせっかくの利益を溶かすつもりはない。
普段の仕事が危険なものばかりなのだから、商売についてはまだ大きな勝負に出ることなく、堅実に進めていくつもりだ。
「私も同感ですわ。今は設立したばかりの商会を盤石なものにすることが大切です。私達はまだまだ成長しなければいけませんからね」
「あの、私もそう思います。ゆとりのある今こそ、仕事を軌道に乗せて安定した商売をするべきだと思います」
商会の法務担当のミリーナと、新しく会計担当に任命されたセイラもシンノスケの考えに同意する。
当面の方針が定まれば物事を急ぐ必要はない。
シーグル神聖国から帰還したばかりで、フブキもツキカゲも点検整備中なのだからあと数日は仕事を入れることもできないのだ。
そこで船の整備が終わるまでは各々自由な時間を過ごすことになった。
休みの使い方を知らないシンノスケは組合にでも足を運んでレアメタルの取引相場でも確認しようかと思っていた矢先、シンノスケの端末に差出人不明のメールが届いた。
『1時間後。セントラルスポーツ公園のランニングコース、ライクル飲料社製の販売機横のベンチ。単独で』
時間と場所に加えて1人で来いという一方的な内容だ。
誰が接触しようとしているのかは分からないが、シンノスケ自身はそのような相手に用はない。
無視をしても構わないところではあるが、行くだけ行ってみるのも選択肢の1つだ。
仮に無視をしたとしても、こんな回りくどい連絡をしてくる相手なのだからまた別の方法でコンタクトを取ってくるだろう。
シンノスケは散歩がてら指定されたセントラルスポーツ公園に行ってみることにした。
指定時間の5分前、指定されたベンチに腰掛けて合成フルーツ茶を飲んでいるシンノスケ。
この公園のランニングコース沿いには幾つもの販売機が設置されているが、合成フルーツ茶があるのはこの販売機のみだ。
午後の爽やかな風(コロニーの空調設備による人工的な風だが)を感じながら周りを見渡せは、ランニングやウォーキングをしている人がチラホラ。
・・・カシャンッ!
背後の自販機でドリンクを購入する音に続いて背中合わせのベンチに何者かが腰掛けた。
「時間通りに来ていただいたのは結構なのですが、何故制服を?私からの連絡の内容を読めば極秘裏に接触したいこと位は分かると思いますが?」
聞き覚えのある女性の声。
呼吸が若干早いのは周囲に溶け込むためにランニングを装っていたのだろう。
「秘密裏に会いたいというのはそっちの都合ですよ。私にとってはどうでもいいことです。それに、わざわざ私を呼び出したということは、ろくな用件ではないのでしょう?そんなことのためにいちいち着替えるのも面倒なのでね」
「分かりました。こちらとしても無駄なやり取りをするつもりはありません。早速本題に入りますが、カシムラさん、貴方に危機が迫っています」
「また軍の一部の連中が私を逮捕しようとでも?」
「いえ、貴方の身柄ではなく、命そのものが狙われています」
確かに面倒なことこの上ない。
「しかし、民間人の私を殺すために軍の部隊を動かすのはリスクが大きすぎますし、費用対効果も悪いのでは?」
「確かに、貴方を抹殺するために表立って部隊は動かせませんし、仮に少数の特殊コマンドを投入するにしても、それを指示した側のリスクが大きすぎます。秘密部隊というのは外部には知られなくても、軍内部の一部の上級幹部ならばその行動を把握するのは容易ですからね。敵対する上級幹部に知られでもすれば身の破滅です」
シンノスケはため息をついた。
「私が命を狙われる理由はなんですか?宇宙軍時代は融通の利かない私のことを疎ましく思っていた幹部もいましたが、殺されるような程のことではありません。自由商人になった今では軍との関わりはありませんよ?」
「それについてはまだお話しできませんが、カシムラさんは無自覚のうちに軍の一部の連中の不評を買い続けています。彼等にとってカシムラさんの存在は自由商人になった今でも、いえ、自由商人の護衛艦乗りになったカシムラさんそのものが目障りなことこの上ない存在のようです」
「それこそ迷惑な話だ。そちらで何とかしてくれませんか?」
「私は第2艦隊司令官アレンバル宇宙軍大将閣下の命を受けて行動しています。しかし、これがなかなか根深い問題でして、ことは慎重を要します。当面の間はカシムラさんの自助努力でどうにかしてください」
「そちらの黒幕はアレンバル校長ですか・・・。随分あっさりと黒幕の名を出しましたね」
「それが大将閣下のご意向ですからね。閣下曰く『カシムラ退役大尉が軍に戻れば簡単なことなのだが』とのことです」
シンノスケは苦笑しながら飲み干した合成フルーツ茶のボトルをリサイクルボックスに向けて放り投げた。
「それこそ御免被ります。校長、いや大将閣下にもそう伝えてください」
「分かりました。そのように伝えます」
そう言い残すとトレーニングウェア姿の宇宙軍情報部セリカ・クルーズ少佐は何事もなかったかのようにランニングコースへと戻っていった。
シンノスケはクルーズ少佐を見送ると、立ち上がってリサイクルボックスから外れた合成フルーツ茶のボトルを拾ってボックスに入れた。
「厄介なことになりそうですね」
いつの間にかシンノスケの背後にマークスが立っている。
1人で来いと指示されたからシンノスケ1人で来たが、一定の条件下でシンノスケの端末の情報を共有しているマークスが『勝手に』『後から』ついてきて、周辺の警戒をしていたのはシンノスケとしては知ったことではない。
「まあな。他のクルーにも迷惑を掛けることになるかもしれない。・・・しかし、アレンバル大将による綱紀粛正の嵐を生き延びてなおこの有様とはな。大佐、じゃなくて今は准将か、奴の強運は呆れを通り越して尊敬に値する。運だけは見習いたいものだよ」
「マスターはあらゆる意味で幸運とは無縁ですからね」
「それはどういう意味だマークス」
「そのとおりの意味ですよ。マスターの場合は『こうならないで欲しい』という方ばかりに運命の天秤が傾きますからね」
「釈然としないが、マークスの口から運命なんて言葉が出るのは意外だな」
「そうですね。私自身は運命なる不確かなものを是認していませんからね」
「また訳の分からないことを言いやがって。俺のことをバカにしているだろう?」
「とんでもない。マスターとの会話をスムーズにするため、不適切であっても、最適な言葉を選択しているだけです」
「そういうのをバカにしているって言うんだよ。覚えておけ」
「マスターをバカにするなんてことを記録する必要性を認めません」
「まったく・・・」
シンノスケとマークスはセントラルスポーツ公園を後にした。
年越しぎりぎりですが、2023年最後の投稿です。
ありがとうございました。
2024年もおつきあいいただけると嬉しく思います。




