セーレット王国
シーグル神聖国に向かうシンノスケ達。
片道1ヶ月程の行程だが、アクネリア銀河連邦とシーグル神聖国との間にはセーレット王国があり、王国の領域を通過するためにセーレットの航路管理局に立ち寄る必要がある。
セーレット王国は居住可能な5つの惑星の集合体の小国家だ。
これといった産業も無い田舎だが、シーグル神聖国への中継点として、また、それぞれ環境が違う惑星を活用した観光資源が主な国策となっている。
3隻はセーレット王国主都星セーレットの軌道ステーションに接近した。
「セーレット軌道ステーション港湾管理センター。こちらアクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦フブキ。シーグル神聖国への業務航行に伴い、貴国領域通過の手続きのため、入港許可願います」
『こちらセーレット港湾管理センター。フブキ、ツキカゲ、ビック・ベアの船籍を確認しました。入港を許可します。ドッキングステーション328から330に入港してください。セーレットへようこそ』
「了解しました。短い停泊ですが、よろしくお願いします。・・・フブキからツキカゲ、ビック・ベア、入港許可が出ました。管理センターの誘導に従って入港してください」
「「了解」」
セイラの通信・航行管制も板についたもので、初めての航路や寄港地でも何も問題はなく、シンノスケも安心して任せられるまでに成長している。
セーレットに入港するまでに2週間以上の期間を要したが、ここまではアクネリア銀河連邦宇宙軍や沿岸警備隊の警戒宙域なので宇宙海賊に遭遇することは極めて稀であり、シンノスケ達も滞りなくセーレットまで来ることができた。
しかし、ここからが正念場だ。
セーレット王国の領域を出て、シーグル神聖国の領域に入るまでの国際宙域が所謂「海賊航路」と呼ばれる宙域であり、航路の治安が悪い。
というのも、セーレット王国は小国家であるが故に所有する軍隊は自国防衛のための防衛軍のみ、沿岸警備隊も小規模なもので、領内の治安維持だけで精一杯なのだ。
一方でシーグル神聖国は宗教国家であり、こちらも軍事組織は必要最低限で、国家防衛のための聖騎士宇宙艦隊と、治安維持のための聖監察兵団が自国の防衛と治安維持を担っており、結果としてセーレット王国とシーグル神聖国の間の国際宙域の治安が悪化しているのである。
両国共に限られた戦力で国際宙域の宇宙海賊の取締りを行っているが、とてもではないが手が足りていなく、多くの海賊が出没する両国間の宙域が海賊航路と呼ばれるようになってしまったのだ。
「さて、セーレットを抜けるといよいよ海賊航路だ。領内通過の手続きを済ませたら、今日は鋭気を養うとしよう」
セーレットの軌道ステーションに入港したシンノスケは皆に提案する。
「それはいいな。よしっ、今夜は俺の奢りだ!」
シンノスケの提案とグレンの一言で一行はセーレット軌道ステーションの街へと繰り出すことになった。
とはいえ、その前にセーレット王国領内通過の手続きをする必要がある。
シンノスケはマークス、セイラ、ミリーナを伴って航路管理局を訪れたのだが、その道すがらセイラは興味津々の表情で周囲を見回していた。
セイラが興味を引かれているのは周囲を行き交う人々だ。
セーレット王国は小国家でありながら、様々な銀河国家を行き来する中継点として栄えており、あらゆる人種が住む多人種国家でもある。
有名なところだと、哺乳類ではなく爬虫類からの独自の進化を遂げた竜人種であるリザリオ星系のザリード人や、体色がグレーで瞳の無い大きな目を持つタスクリア人を始め、機械生命体(マークスのようなドールではなく、完全な生命体)のゾイヤック人等がいる。
航路管理局に来てみれば、手続きカウンターで受付をしているのは頭に猫のような耳を持つラーダ人の若い女性だ。
「ようこそ、セーレット王国航路管理局へ。領内通過の手続きはこちらで承ります」
受付職員のラーダ人は笑顔を見せながら慣れた手つきで手続きを進めるが、それを待つ間、シンノスケの興味は全く別の所にあった。
(頭に耳があるのなら、本来の耳の位置はどうなっているんだろう?)
ラーダ人に会うのが初めてのシンノスケは疑問に思うが、目の前のラーダ人の女性は髪が長く、一般的?な耳の位置の状況をうかがい知ることが出来ない。
結局、領内通過の手続きが終わるまで素朴な疑問を解消するには至らないまま航路管理局を後にしたシンノスケ達。
「アクネリアに住むラーダ人は少ないし、俺自身は会ったことがないから深く考えたことがなかったが、ラーダ人は頭の上に耳があるなら俺達のような人種の耳の位置はどうなっているんだろうな?」
航路管理局を出たシンノスケが自分の疑問について呟いたところ、マークス、セイラ、ミリーナは呆れ顔でシンノスケを見た。
「マスター、手続きの最中そんなことを考えていたのですか?」
「セラとミリーナはともかく、そんな顔をするなマークス」
「そんな顔と言われても、私は常時こんな顔です。それよりも、マスターのくだらない疑問に呆れています」
「だって気になるじゃないか。初対面で直接聞くわけにもいかないし」
「「「・・・ハァ・・」」」
ため息をつく3人。
「おい!呼吸する必要のないマークスがため息はおかしいだろう!」
「今の私の心境を表現するのに最も効果的な音声を発したのみです。・・・そもそも、その程度の疑問なら直接聞かずとも自分で調べたら如何ですか?なんなら私に尋ねていただければそれで済みますよ」
結局、時間の無駄だとばかりにマークスの説明によれば、ラーダ人は猫等の動物から進化したのではなく、シンノスケ達と同じ人種の進化の過程で分岐した種族で、左右側頭部にあった耳が苛烈な生存環境に適応し、自らの身を守るため、より多くの情報を収集するために頭部の大きな耳に進化したということで、側頭部の耳の位置を観察してみれば、頭部の耳の末端が側頭部にまで伸びているものの、毛髪に包まれているため、外観上は見分けがつかないらしい。
因みに、ラーダ人は進化の過程の生存競争を勝ち抜くため、夜目が利き、身体能力も極めて高く、指先の爪も猫科の動物のように鋭いので、セーレット王国にはラーダ人による白兵戦に特化した特殊部隊があるということだ。
「ラーダ人の女性と結婚したりしたら、夫婦喧嘩は命がけだな」
これまた素朴な疑問にセイラとミリーナが声を荒げる。
「「そんなことを心配する必要はありませんっ!」」
くだらないことを連発するシンノスケはセイラとミリーナに引きずられるようにグレン達が待つ店へと連行されて行った。
明日にはシーグル神聖国に向けて出航し、その先にあるのは海賊航路だ。
「よしっ!約束どおり今日は俺の奢りだ!セーレット名物のご馳走を山ほど頼んだぜ。みんな遠慮なく飲んで、食ってくれ!」
今夜は明日に備えてグレンの大盤振る舞いで鋭気を養う。
「それでは遠慮なくいただきます」
シンノスケはテーブル上に並べられた料理の数々を見た。
「・・・これは、蟹?いや、海老?・・甲殻類?・・・見た目は・・・」
「おう、何でもこいつは古代甲殻類の一種で、宿主の体内に寄生して成長する危険な生物だ。野生体は既に絶滅しているが、これがなかなかの珍味らしく、セーレットでは遺伝子操作を施して危険性を排除したものを養殖していて、隠れた名物らしいぞ」
「隠れた名物って・・・」
その場のノリでグレンが注文したらしいその料理は、その不気味な見た目も相まって誰も手をつけようとしない。
「マークス、どうだ?味見してみるか?」
「自分が食品を経口摂取する必要がないドールであることを神に感謝しているところです」
マークスを相手にそんなことを言うシンノスケだが、自分で言っておきながら皿の上の謎の生物に興味が湧いてくる。
「試しに一口・・・・おっ、美味い」
明日は早朝に出航し、その先にあるのは海賊航路だ。