カシムラ商会始動
「行き先がシーグル神聖国?護衛業務ならともかく、輸送業務が絡むとなると、私の持つ業務資格では受けられませんよ」
リナの説明にシンノスケは首を振った。
シンノスケが持つ自由商人としての業務資格は「護衛艦業務C級」と「旅客・貨物運送業務E級」、「交易業務E級」だ。
単艦での護衛や犯罪船取締りが可能な護衛艦業務C級は上位資格であり、活動区域の制限はないが、旅客・貨物運送業務と交易業務資格は最下位のE級資格であり、業務の範囲も限られているし、活動もアクネリア銀河連邦とダムラ星団公国、6325銀河連合国家に限られている。
つまり、護衛業務ならばシーグル神聖国の領域内でも活動可能だが、輸送業務となるとその資格がないのである。
シンノスケの担当のリナがそんな初歩的なことを失念することは無いと考えつつ、拒絶の意思を示すシンノスケだが、そんなシンノスケの言葉を聞いてもグレン達もミリーナも何も動じる様子がない。
そんな中でリナが困ったような表情を浮かべながら説明する。
「じつは、資格については問題ないんです・・・」
「へっ?」
思わず間抜けな声を上げるシンノスケ。
「まだシンノスケさんには正式に告知していなかったのですが、シンノスケさんは護衛業務B級に昇級、旅客・貨物運送業務と交易業務についてはそれぞれC級に飛び級することが決定しているんです」
「へっ?」
「シンノスケさんが組合に加入してからの実績評価でも昇級基準に達していたのですが、それに加えて新しくペイロード100トン以上の船を入手したこと、そして先日ミリーナさんが手続きを済ませて商会を設立したことにより昇級が決定しました。シンノスケさんには今日中に伝える予定だったので、グレンさんにもそのことをご説明したのですけど・・・」
恨めしそうにグレンを見るリナだが、グレンはどこ吹く風だ。
「まあいいじゃねえか。どうせ仕事に出るのは早くても数日後だ。昇級が決まってるならさっさと手続きしちまおうぜ!」
「そういうことではないんですよ。せっかく昇級するのですから、私からシンノスケさんに正式に告知したかったんです。だって私はシンノスケさんの担当なんですよ。昇級の告知ってセーラーさんと担当者の特別なゴニョゴニョ・・・」
最後の方は聞き取れなかったが、どうやらシンノスケは昇級するらしい。
しかも、自分だけが知らなかったようで、しかも、会話の流れてさらりと告知されるという有り様にシンノスケはキョトン顔だ。
「つまり、私は昇級ということですか?」
「はい。でも、それだけじゃないんですよ」
「へっ?」
「現時点でサリウス恒星州自由商船組合には幾つかの商会が登録していますが、その全てが貿易か旅客・貨物運送を主業務とする商会で、所属艦艇が2隻とはいえ、全ての業務に対応している商会はシンノスケさんの商会だけなんです。しかも、3種業務全てがC級以上なんて他に例を見ませんので、シンノスケさんは当組合のセーラーさんのトップランカーの仲間入りということになります。これからは指名依頼も増えますよ。私も担当者として嬉しく思います」
「だからこそだよ!今回の仕事はそんなシンノスケありきの仕事だからな。他に取られる前にシンノスケを確保したってわけだ」
シンノスケにしてみれば目の前の仕事を愚直にこなしてきただけのつもりだったが、それによって積み重ねられた経験と実績が評価されたということだ。
シンノスケは腹を決めた。
「分かりました。グレンさんからの依頼、更に詳しくお聞きしましょう」
どうやらグレンからの依頼がカシムラ商会の初仕事になりそうだ。
グレンからの依頼は先ず、レアメタル№548を採掘に行くグレン達の護衛。
今回は1000トン以上のレアメタルを採掘する必要があり、グレン達のビック・ベアでは積みきれないのでカシムラ商会のツキカゲにも採掘したレアメタルを積み込む。
そしてそのレアメタルをシーグル神聖国へと運ぶというわけだ。
グレンからは報酬額も結構な額が示されているが、ちょっとした疑問が浮かぶ。
「№548とは希少金属なんですか?レアメタル1000トン以上は結構な量ですが、採掘コストと遠方のシーグル神聖国まで運ぶコストやリスクに見合うものなんですか?」
シンノスケの疑問にグレンは頷く。
「№548はエネルギー資源として活用出来る鉱物で、加工してのエネルギー効率がいい鉱物だ。まあ、№548自体はそれ程珍しいものじゃねえが、まとまった量を採掘するのが難しいし、何より加工が難しくてな、あまり人気のある鉱物じゃない。だがな、シーグル神聖国は№548の加工技術があるらしくてな、国自体が主体となって常に高値で買い取りをしているんだ。俺達は№548が豊富に眠る餌場を知っているんで今までにも何度か取引をしたことがあるが、シーグル神聖国までの航路の治安が悪くてな、運送と護衛、別々の自由商人を頼む必要があるとなるとコストやリスクに見合うリターンを得られなかったんだ」
そこで新たに輸送艦ベースの護衛艦を手に入れ、護衛と輸送のコストをひとまとめにできるシンノスケに声を掛けたということらしい。
しかも今回は、一気に稼ぐつもりらしく、ツキカゲに800トン満載、グレン達の採掘母船にも300トン満載、そして、シンノスケのフブキにもペイロード一杯の100トン。
合計1200トンが目標で、採掘後はシーグル神聖国に3隻で向かうということだ。
シンノスケは思案した。
シーグル神聖国までは片道約1ヶ月、その途中の国際宙域は「海賊航路」と呼ばれる程に治安の悪い航路がある。
海賊の規模にもよるが、フブキならば海賊の襲撃を受けてもそれを退けてシーグル神聖国まで行けるだろう。
ビック・ベアを護衛したとしても同様だが、問題はツキカゲだ。
ツキカゲの性能面は問題ないが、気になるのはクルーの実力である。
アンディとエレンとはかつて護衛艦訓練で対抗役をしたことがあるし、一緒に仕事をしたこともあり、新米護衛艦乗りとしての実力は、まあ優秀と言っていいだろう。
ただ、それはあくまでも以前の新米護衛艦乗りとしての評価であり、今現在の一介の護衛艦乗りとしての実力は組合から貰ったデータしか判断材料はない。
提供されたデータによれば、現時点での評価は平均的な護衛艦乗りといったところだ。
そんな2人とツキカゲの初仕事としては難易度が高いのではないだろうか。
シンノスケが傍らにいるミリーナを見たところ、ミリーナが何やら端末を操作している。
「ミリーナ?」
「皆さんに連絡を取りました。マークスさんやセラは勿論、アンディ達もやる気だそうですわ。当然、私もやる気満々ですわよ」
シンノスケの先手を打ってアンディ達の意向を確認したミリーナ。
暫し考えた後にシンノスケは決断した。
「この仕事、カシムラ商会が引き受けます」
「よっしゃ!そうこなくっちゃ!頼むぜ、シンノスケ!」
カシムラ商会としての初仕事。
いよいよカシムラ商会が始動した。




