商会設立
CA-21ゲッコウ型輸送艦はアクネリア銀河連邦宇宙軍で運用されていた小型輸送艦だが、ハンクスはその2番艦であるツキカゲをシンノスケに提案してきた。
「ゲッコウ型輸送艦は5年前に全艦退役していますが、このツキカゲはデータ収集目的で当社が引き取ったものです。そのデータ収集の役割も終えまして、エンジンや武装を取り外しての民間への払い下げか、解体処分となる予定でした」
シンノスケは提示されたツキカゲの艦歴を確認する。
アクネリア銀河連邦宇宙軍第24艦隊の輸送隊に配備されて約10年間、物資や人員輸送の任に就いていたが、その後に第3訓練艦隊に配置換えとなり、それから退役まで、輸送部隊の訓練艦として運用されてきたため、軽微な修理歴はあるものの、実戦での破損歴はない。
「これは、理想的だな」
予算は多少オーバーするが、軍用輸送艦としての装備込みならば割のいい買い物だ。
ミリーナもシンノスケの脇から端末の画面を覗き込み、ツキカゲのスペックを確認する。
全長150メートル、ペイロードは800トン。
輸送艦としては小型である上、ペイロードを犠牲にして高出力のエンジンが換装されており、その速度と機動性は現役の中型や大型輸送艦を遥かに凌駕する。
特に敵艦の追撃を逃れるためのブースト機能は緊急時に極めて役に立つ。
武装はレーザー速射砲2門、小型ミサイルランチャー2基、対空機銃が4基が標準装備で、他に4箇所のウエポンベースがあり、拡張性も期待できる。
戦闘艦には及ばないものの、単艦での貨物輸送や、護衛艦として運用するならば十分な装備だ。
「確かに、この船ならあの2人に運用させるのにちょうどいいですわね。予算についても、フブキとツキカゲの2艦体制ならば、直ぐに回収できますわ。いい買い物だと思います」
シンノスケの心を鷲づかみにしたCA-21ツキカゲだが、ミリーナの後押しもあって心が決まる。
「決めた!ツキカゲを買おう!」
「毎度ありがとうございます!」
いよいよ新たな商会設立に向けて人員、装備共に整いつつあった。
ツキカゲの購入を決めたシンノスケだが、各種セッティングがあるため、引き渡しまでは時間が掛かるとのことだ。
結局、アンディとエレンの正式採用と、ミリーナが諸々の手続きを済ませて自由商船組合に所属する商会設立の方が先に済んでしまった。
加えて、ケルベロスからフブキへと乗りかえても今まで使用していた気密ドックからも移動する必要がある。
今までの第11ドックは護衛艦1隻のみを収容する小型のドックだったが、新しく導入するツキカゲも元は輸送艦とはいえ、護衛艦並の武装を持ち、護衛艦としても運用可能なので、フブキとツキカゲの2隻を収容できるドックが必要になり、組合に申請して中型ドックである第8ドックに引っ越しすることとなった。
当然のことであるが、使用料も倍近くになったことに加えて、今までは組合から徒歩で10分ほどの距離だったが、新しいドックは軌道交通システムを使用して15分と、微妙に遠くなってしまったが仕方ない。
因みに、ミリーナの屋敷からの距離は逆に近くなっている。
このようにシンノスケ達は新たな展開に向けて着々と準備を進めてきたが、1つだけ、頓挫している案件があった。
「シンノスケ商会がいいと思います」
「いや、なんで俺のファーストネーム?」
「私達は銀河を股にかける護衛艦乗りですの。でしたら、ギャラクシー・ガーディ・・・・」
「いや、その名は微妙に駄目なような気がする。むしろ、マークス商会とかでもいいんじゃないか?」
「なんでそこで私の名が出るのですか?」
設立した商会名が決まらないのだ。
商会を設立したといっても、シンノスケの個人事業であることに変わりはなく、屋号など定める必要はないのだが、セイラとミリーナがそれを許さなかった。
そこで、とりあえず屋号を決めることになったのだが、それがなかなか決まらないのである。
シンノスケ、マークス、セイラ、ミリーナが不毛な意見の応酬をしている中、新参者のアンディとエレンは口を挟めずにいたのだが、ただひたすらに意味の無いやり取りを見ていて、つい2人同時に呟いてしまった。
「「とりあえずの屋号ならカシムラ商会が無難だと思います」」
「「「「・・・・」」」」
結局、良い案が浮かばなかった屋号については、更なる業務拡大をするまでに『誰か』が考えてくれるかもしれないということで、その時に改めて定めればいいと、当面の間は「カシムラ商会(仮)」とすることになったのである。
シンノスケ達の前に新たな航路が開かれた。




