新米護衛艦乗りの窮地
宇宙環境局からの依頼を無事に完了したシンノスケ達。
当初は宇宙クジラの調査依頼であったが、予想外の子クジラ救出作戦でマークスが採取した身体組織と、親クジラの直近で記録した映像は宇宙クジラの研究にとってとてつもない貴重な資料となった。
これらの情報は宇宙環境局で極秘扱いとなり、ある程度の研究が進み、宇宙クジラの生態に影響が生じないように配慮した上で情報を公開する予定らしく、シンノスケ達も結構な額の割り増しの報酬、という名目の口止め料と共に自由商船組合以外には他言無用が誓約させられたのだが、シンノスケ達にしてみれば何の問題もない。
もともと言いふらすつもりもない上に報酬上乗せならば、逆に有難いほどだ。
こうして今回の仕事は割の良い報酬と共に達成することができた。
それからしばらくの間、護衛業務と貨物輸送の仕事で実績と収益を積み重ねてきたシンノスケ達。
リムリア銀河帝国とダムラ星団公国、アクネリア銀河連邦の戦いが長引きつつあり、戦時特需ともいえる割の良い仕事をこなし、業績も安定してきた中、新たな仕事を見繕おうかと組合を訪れたシンノスケとセイラだが、そこで新米護衛艦乗りのアンディとエレンの姿が目にとまった。
アンディもエレンも自由商人なのだから組合の中で2人の姿を見るのは珍しいことではない。
しかし、2人がいたのは依頼検索のブースではなく、船舶や装備品の売買や求人情報のブースだった。
「アンディさん達、どうしたんでしょう?」
「さあ?船を壊したか、新しい装備でも見繕っているのか・・・」
多少は気になるが、2人の邪魔をすることもない。
シンノスケ達は新しい仕事を見繕おうと依頼検索のブースに来てみたが、これといった仕事の情報は無さそうだ。
ふとカウンターを見てみると、リナが珍しく暇そうにお茶を飲みながらぼんやりしていた。
それならば情報収集がてらリナのカウンターに足を運んで声を掛けてみる。
「こんにちは、リナさん」
「えっ?・・・ひゃっ、はっ、はいっ!」
完全に油断していたリナは可笑しな返事をしながら飛び上がった。
「あっ・・・シンノスケさん、どうしましたか?」
慌てて取り繕うリナ。
「いや、何かいい仕事でもないかと来てみたのですが・・・」
「ああ、すみません。シンノスケさん向けの仕事は今のところはありませんね。数日前まではあったのですが、みんな他のセーラーさんが引き受けてしまいまして、今残っているのは大規模の貨物輸送か、護衛依頼はD級以下の護衛艦乗りさん向けのものばかりですね。来週辺りになればまた依頼が入ると思いますが・・・」
端末を操作するリナも渋い表情だ。
「シンノスケさん、どうしますか?」
隣で見上げるセラに肩を竦めて見せるシンノスケ。
「まあ仕方ない。また出直すとしよう」
「そうですね」
C級護衛艦乗りで、遠からずB級に昇進しようかというシンノスケがD級以下の護衛艦乗りの仕事を奪うわけにもいかない。
日を改めて出直そうとしたシンノスケだが、そこでふと思いつく。
「そういえば、あっちのブースでアンディ達を見かけたのですが・・・」
シンノスケの言葉にリナの表情が曇る。
「アンディさんとエレンさんですか、実は・・・あの2人、今大変なんです」
「?」
「2人の担当のイリスからも相談を受けているのですが、これがなかなか難しくて」
「何があったのですか?」
「アンディさん達、仕事で船を失ってしまったんです・・・」
聞けば、アンディとエレンは貨物船護衛の依頼を受けたのだが、その仕事中、宇宙海賊の襲撃を受けた。
辛うじて宇宙海賊を撃退し、貨物船を守りきったものの、自分達の護衛艦ビートル号が沈んでしまったということらしい。
2人は護衛艦乗りとはいえ、まだ新米で、受けた仕事の報酬と必要経費による収支が安定しておらず、十分な蓄えが無いために新たな護衛艦を手に入れることができずに困窮しているということだ。
「新しい船も手に入らず、どこかの商船で雇ってもらおうとしているらしいのですが、上手くいっていないみたいです」
確かに船を失って困窮する船乗りのイメージはあまりよくない。
他の商船に雇ってもらおうとしてもなかなか難しいだろう。
「しかし、そうはいっても船員の資格を持つ彼等なら選り好みしなければ働き口はありそうですがね」
「その選り好み、っていうのがネックらしいです。2人一緒に雇ってもらえる求人となるとなかなか・・・」
つまり、幼なじみで共に船乗りを目指して別々の船で下積みをしてきたアンディとエレンだが、やっとのことで独立して2人で仕事が出来るようになったのだから2人で同じ船に乗りたいということらしい。
「私が言うようなことでもありませんが、それは随分と甘い考えですね」
「それは私も思いますが、2人で一緒に仕事をしたいという気持ちも分かるような気がします。担当のイリスから聞きましたが、船を失うまでの2人の仕事ぶりはとても活き活きとして、一生懸命だったそうです。だからイリスとしても2人の希望を叶えてあげたいらしく、私に相談してきたんです」
そうはいってもリナとしてもどうにもならなかったようだ。
実際に幾人かの自由商人に打診してみたが、色よい返事を得られなかったらしい。
リナの説明を聞いたセイラは何かを言いたげにシンノスケを見るが、それを口に出せずにいる。
シンノスケもセイラが何を言いたいのかは予想できるが、この場で判断できることではない。
少なくともフブキの乗組員は足りているのだ。
シンノスケはセイラを連れて自由商船組合を後にした。




