宇宙クジラの母子
「よし、2発目の処理に取り掛かろう」
シンノスケは内火艇を2発目のミサイルに接近させた。
「やはりミサイル本体に歪みがあります。リムリア銀河帝国軍のWAC-65対艦ミサイル本体の強度を考えると食い込んでいる部分が変形まではしていないでしょうが、折れ曲がっている可能性があります」
「ワイヤーで真っ直ぐ引き抜くわけにはいかないか・・・」
「そうですね、見たところ折れ曲がっているのは弾頭の炸薬ユニットと推進ユニットの接続部のようですから、接続部を切り離してから弾頭を除去した方がいいかもしれません」
「しかし、どうやって切り離す?いくら機能停止させたからといっても無理をすると暴発の可能性があるぞ?」
シンノスケの懸念にマークスが答える。
「私が直接解体します」
「直接って、船外に出るってことか?」
「はい、私なら船外活動用の防護服無しでも1時間程度なら問題なく活動できます。1時間あれば、解体するなり、推進部を溶断するのに十分です」
シンノスケは考え込む。
「それが一番確実か・・・。よし、マークスに頼むが、無理はするなよ」
「大丈夫です。無理をする状況ではありません」
そう言うとマークスは準備をするため操縦室を出ていった。
15分後、マークスの準備が整い、2発目の対艦ミサイル除去作業が始まる。
『それではマスター、今から船外に出ます』
「了解、気をつけてな」
『了解』
宇宙空間での移動用のスラスターユニットを背負ったマークスが船外に出て子クジラに接近してゆく。
その時、フブキに残ったセイラから通信が入った。
『シンノスケさん、宇宙クジラに動きがあります。お母さんクジラがそちらに向かってゆっくりと近付いていきます』
確かに一定の距離を保っていた親クジラが子クジラに向かって接近してくる。
「マークス、警戒しろ!親クジラがこっちに近付いてくるぞ。一旦船内に戻れ」
シンノスケが警告するが、マークスは既に子クジラの表面に取り付いており、接近してくる親クジラを確認していた。
『いえ、大丈夫そうです。敵対行動ではなさそうです』
マークスの判断にヤンも頷く。
「私もマークスさんの判断に同意します。おそらくマークスさんの作業を近くで見る?確認しようとしているのでしょう。少なくとも、私達を敵視して排除しようとしているのなら一気に近付いて攻撃を仕掛けてくると思います。親クジラが余計な心配をしないように、このまま作業を続けた方がいいと思います」
ヤンが説明している間に既にマークスは作業を始めている。
対艦ミサイルの弾頭と推進部の接続部分を解体し、解体出来ない箇所は作業用のレーザーガンを使用して溶断してゆく。
その間、親クジラは子クジラの直前まで近付いていたが、マークスの作業を妨げるような行動はせずにマークスの作業を見守っている。
マークスの解体作業は40分程で終わり、子クジラの体内に残された弾頭部にワイヤーを掛けることに成功した。
『ミサイル本体に宇宙クジラの身体組織と思われるものが付着してます。サンプルを採取します』
ミサイルに付着したサンプルを採取したマークスがふと親クジラを見上げたところ、頭部の外皮の内側に赤く光る器官があり、マークスのデュアルカメラと目が合った。
『宇宙クジラの目と思われる器官を確認。単眼と思われます。映像を記録しました』
次々と入ってくるマークスからの報告にヤンや、フブキに残ったサンダースは興奮を抑えるのに必死だ。
宇宙環境局の調査研究部門に所属する2人にとって未知の存在だった宇宙クジラの情報が次々と集まってくるのだから仕方ない。
とはいえ、今は情報収集よりも子クジラを救助することが最優先だ。
マークスが内火艇に戻ると最終段階に入った。
1発目のミサイル同様にシンノスケがワイヤーを巻き上げると並行してマークスが傷口を補修剤で塞いでゆく。
やがて2発目のミサイルも子クジラの体内から除去することに成功した。
「抜けた!とりあえず俺達に出来るのはここまでだ」
シンノスケは子クジラから離れると、ミサイル弾頭に掛けたワイヤーを切り離す。
「処理は終了した。クジラの親子から離れて様子を見る。ミリーナ、フブキも後退させてくれ」
『了解しましたわ』
内火艇とフブキが子クジラから離れると、親クジラが小惑星に擬態したまま微動だにしない子クジラの周囲を泳ぎ始めた。
『フブキからシンノスケさん、お母さんクジラがまた唄っています』
セイラが報告してくるが、内火艇にヤンが持ち込んだ機材でもクジラの歌は観測している。
・・ククッ・・・カッ・・コココッ・・
親クジラが子クジラに呼びかけているのだろう。
しばらくすると親クジラの呼びかけに応えるように、子クジラに動きが見られた。
丸まって小惑星に擬態していた身体を伸ばし、子クジラがその姿を現す。
そして、親クジラに並んで宇宙空間を泳ぎ始め、シンノスケ達はその神秘的な姿に目を奪われる。
「無事で何よりだな」
「はい、そうですね」
シンノスケ達が見守る中、親子のクジラはそれからしばらくの間、寄り添うように内火艇とフブキの周囲を泳ぎ回ると宇宙の闇へと去っていった。
「依頼は達成された・・・。でよろしいですか?」
シンノスケの問いにヤンは頷く。
「十分過ぎる、いえ、予想以上の成果です。本当にありがとうございました」
こうして予想外に宇宙クジラ救出となったが、調査依頼を終えることが出来た。




