宇宙クジラを探せ
シンノスケ達は宇宙クジラの目撃報告が寄せられている宙域の調査を開始した。
目撃報告の全ては旅客船や貨物船等からのものであるが、これらの船は通常航路から外れて航行することはない。
ということは宇宙クジラの方が宇宙船の航路に近寄ってきたということになる。
「目撃情報から推察するに、宇宙クジラはこの辺りの宙域に留まっている筈です。同一の固体がいたかどうかは確定していませんが、目撃情報による特徴が一致していることや同じ宙域での目撃ですから、同一の固体だと考えるのが妥当です。ただ、目撃例が増えたとはいえ、多くの宇宙船が行き交う通常航路での目撃が数件に限られていることからも、通常航路からある程度は離れた宙域に潜んでいるのではないかと思うのですが・・・」
シンノスケの許可を得てセイラの通信管制席に調査機材を接続してモニターに目を凝らすヤンが説明する。
「だとすると、調査宙域はかなり広域になるな。フブキの索敵能力が優秀とはいえ、パッシブディテクターしか使えないとなると骨が折れる。契約の調査期間の10日間では難しいかもな」
様々な索敵波を発するアクティブディテクターは宇宙クジラが逃げてしまう可能性があるので使用できない。
そうなるとフブキ1隻では困難な仕事だ。
「それについては了解しています。こういった調査は時間が掛かるもので、今回の調査で成果が得られなくても何度でも調査をするつもりです」
ヤンとサンダースは機材の収納箱に腰掛けながらそれぞれの調査機材を操作している。
フブキは2人に指定された宙域を往復しながら通常航路から徐々に離れてゆく。
契約上の調査日数は10日間だが、全員が不眠不休で調査に当たるわけにはいかない。
しかし、限られた時間を1分1秒でも無駄にするわけにはいかないので、夜間(宇宙空間では夜も昼もないが)は5時間ずつの2交代制を取ることにした。
1班はシンノスケとミリーナとサンダース、2班はマークスとセイラとヤンで、睡眠時間をしっかりと取り、可能な限り疲労を蓄積しないように配慮する。
調査が始まって3日間は何ら成果をあげられずにいたシンノスケ達だったが、4日目にセイラが僅かな異変に気付いた。
「・・・・・あれ?」
「セラ、どうした?」
「いえ、通信にちょっとノイズ?みたいのが・・・」
首を傾げながら記録していた通信記録を確認するセイラ。
サンダースとヤンも記録を確認する。
「・・・これです、ここ!2秒にも満たない間ですが、クククッ、てノイズみたいな・・・」
「確かに!」
「でも、機器的なノイズとは違うように聞こえますね。クリック音のようにも聞こえますが、宇宙クジラがクリック信号を発するとは聞いたことがありません」
試しにシンノスケも聞いてみるが、確かにノイズというよりは何かの振動音のように聞こえる。
並の通信員であれば聞き逃しても不思議ではない程に僅かなものだが、通常航路から外れたこの宙域でフブキに通信を送ってくる船があるとも考えられないし、真空の宇宙空間の音を拾ったこともあり得ない。
「マークスは気付いたか?」
「はい、セラさんの方が先に報告しましたが、こちらでも観測しています。これはノイズではありませんね。何らかの通信の類です」
「セラ、方向は分かるか?」
「はい、大まかですが、10時から11時の方向です」
シンノスケはサンダース達を見た。
「向かってみますか?」
「はい、僅かな兆候ですが、確認する必要があります。お願いします」
「分かりました」
シンノスケは頷くと舵を切り、謎の信号が発せられた付近の宙域に向かう。
「・・・セラ、マークス、その後の反応はどうだ?」
「いえ、今のところは何も・・・」
「こちらも特異な反応は認められません」
目標宙域に到着し、調査をすること4時間、シンノスケ達は何の変化も見つけられずにいた。
「移動したか、そもそも宇宙クジラではなかったか・・・」
シンノスケの呟きにサンダースは頷くが、セイラとヤンの反応は違う。
「もしかすると、どちらでもないのかもしれません。宙域の何処かに隠れて私達のことを見ているのかも・・・。宇宙クジラはとても好奇心が強いと聞いていますが、それ以上の何かの事情があり、怖くて?私達に近付くのを躊躇っているとか?」
セイラの言葉にヤンも頷く。
「私もセイラさんと同じ考えです。仮に先程の異変を宇宙クジラのクリック信号だとすると、彼は何等かのコミュニケーションを試みていた可能性があります」
ヤンの言葉にシンノスケが首を傾げる。
「もしそうなら、何故姿を隠す?我々がコミュニケーションを取るべき相手ではないということか?」
「いえ、もしそうならシンノスケさんの言うとおり、宇宙クジラはこの宙域から逃げ出しているのでしょうが、私はそうは思えないんです・・・」
シンノスケの疑問に答えるセイラだが、セイラ自身も自分の考えに、自信が無さそうだ。
「・・・分かった、ような気がしますわ!」
突然ミリーナが声を上げた。
「ミリーナ、どうした?」
「いえ、セイラさんとヤンさんの話を聞いて、私気付きましたの。宇宙クジラを探していては駄目なんですわ」
調査の根本を否定するようなことを言い出すミリーナ。
「宇宙クジラを探すのが駄目だって、どういうことだ?」
「コミュニケーションですのよ。宇宙クジラが何者かとコミュニケーションを取ろうとしているのに、やってきたのは同族の宇宙クジラではなく宇宙船。宇宙クジラが宇宙船を理解しているかどうかは分かりませんが、呼びかけに返事もせず、無言で行ったり来たりウロウロしている。気味悪がられて当然ですわ」
「あっ、そういうことか!」
シンノスケ達は宇宙クジラを刺激しないようにあらゆる探知機能を発信するアクティブディテクターを使用せず、受信のみなパッシブディテクターによる探索を行っていたが、それが裏目に出たということだ。
「確かに、普通の宇宙クジラなら好奇心が勝ってあちらから近付いてくることもあるでしょうが、私達はこの宙域で宇宙クジラの遭遇率が上がっているという異変について調査しているのですから、宇宙クジラの好奇心に勝る何かがあることを考慮しなければいけませんでした」
サンダースも大きく頷く。
「ならば、こちらからも呼びかけてみるか?コソコソせず、アクティブディテクターを使用して我々が探していることを伝えてみたり、さっきの信号をそっくりそのまま発信してみたりしては?」
シンノスケの提案にサンダースもヤンも同意した。




