調査宙域へ
ロックス製薬の事務所に招かれたシンノスケとミリーナはダムラ星団公国の現状についての情報を訊ねる。
「アクネリアの艦隊が介入したことにより戦線は一進一退といったところです。首都星周辺は押し返しましたが、それが逆に戦場の分散を招き、今では辺境宙域でも散発的な戦闘が行われることもありますね。困ったものですよ」
迷惑そうに話す担当者の説明を聞いてシンノスケは頷く。
確かにシンノスケもリブリナに来る途中で小規模な艦隊戦を目の当たりにしてきたところだ。
「しかし、随分と効率が悪いです。戦力分散と散発的な戦闘ではお互いに決め手に欠け、収拾のつかない消耗戦に陥ってしまう可能性が高いですね」
「一企業である私共には分かりませんが、このような状況が長く続くのは勘弁願いたいところです。幸いにして辺境の外れにあるリブリナは今のところ戦火に曝されていませんが、原材料の入荷や製品の出荷に支障が出ています。私達のような企業や一般市民にしてみれば、どちらが勝ってもいいので早々に日常を取り戻したいところですよ」
担当者の言葉にシンノスケは肩を竦めながら苦笑した。
半ば愚痴のような担当者の言葉だが、これが市民の正直な気持ちなのだろう。
「私は軍事に関しては素人ですが、この戦争は、当初は我が国が不利な状況でした。それがアクネリアの艦隊が介入したところ、戦況が盛り返し、今や拮抗している状態です。しかし、戦況が拮抗しているということは、長期戦になる可能性も高くなります。図々しいことですが、せめてもう少しだけ増援を送ってくれれば拮抗状態から有利に傾くと思うんですよ」
「確かにそのとおりですが、現実的には難しいでしょうね。これ以上の介入をしてはリムリア帝国の目がアクネリアに向けられてしまいます。そうなると、リムリア銀河帝国対ダムラ星団公国の構図が、リムリア銀河帝国対アクネリア銀河連邦になってしまいますからね。アクネリアの宇宙軍はそこまでの介入はしないでしょう」
「それもそうですね。まあ、どちらにせよ私共にしてみれば迷惑なことです」
そんな会話をしている間に荷揚げ作業と手続きが完了した旨の連絡が来た。
「まあ、またご用命がありましたらサリウス恒星州の自由商船組合に依頼を出してください。条件が合えばまた引き受けさせていただきますよ」
「その時にはよろしくお願いします」
シンノスケは担当者と挨拶を交わすとミリーナを伴って事務所を出てフブキに戻ることにする。
2人がフブキに戻ると、丁度セイラ達もクジラ見物から戻ってきたところだった。
「シンノスケさん、凄い。凄く近くでクジラを見てきました。凄いんです!ボートで群れの中に入ったんです。目の前でクジラを見れたんです!あと、歌!歌も・・・」
「セラ、とりあえず落ち着け。一人前の通信管制員らしくないぞ」
目を輝かせて興奮冷めやらぬセイラをシンノスケは笑顔で諫める。
「あっ、すみません。私、興奮しちゃって」
「貴重な経験をしたんだ。興奮するのは分かるが、俺達は直ぐに出航しなければならない。海のクジラの後はサンダースさん達と宇宙クジラの調査だ」
「はい、そうでした。直ぐに出航準備を始めます」
敬礼をしてフブキの艦内に駆け込んでいくセイラを見送ったシンノスケは荷揚げ作業の立ち会いをしていたマークスからの報告を受けた後に出航準備に取り掛かった。
フブキの各種システムをチェックしながらエンジンを始動させるシンノスケ。
「出港許可下りました」
セイラからの報告を受け、シンノスケはフブキを出港させ、大気圏離脱ポイントへと移動した。
「時間が惜しいので一気に大気圏を離脱する。全員シートベルト着用」
全員がシートベルトを着用したことを確認すると、大気圏離脱の行程に入る。
「出力60パーセント、艦首上げ角40度」
フブキが速度を上げながら上昇を始めた。
「出力70、上げ角50・・・・総員Gに備えろ。出力100、上げ角60」
上昇を続ける中で最高出力により一気に加速するフブキ。
上昇を続け、モニターに映る空の色が青から藍色、そして藍色からどんどん暗くなってゆく。
そして、リブリナの引力を振りほどいたフブキは宇宙へと戻ってきた。
「・・・大気圏離脱。艦首下げ、艦の姿勢を銀河基準線に対して水平位置へ。・・・よし、宇宙に帰ってきた。シートベルト着用義務を解除。ものの数時間の滞在だったな。慌ただしいことだ・・・」
息をつくシンノスケとは対照的にセイラは相変わらずご満悦の表情だ。
「凄い経験でした。また他の惑星に降りて色々なクジラに会ってみたいです」
セイラの希望溢れる言葉にブリッジにいる全員が笑った。
ダムラ星団公国からの帰路は戦闘やリムリア銀河帝国の艦艇に遭遇することもなく、アクネリア銀河連邦領内に戻ることが出来たが、ここからが次なる仕事の本番である。
サンダースとヤンも既に調査に必要な機材をブリッジに持ち込んでおり、準備は万端だ。
「それでは、サンダースさん達の調査に向かう。ここからは通常航路を大きく外れて進む。マークスとセラは警戒を厳重に、些細な変化も見逃すな」
「「了解しました」」
マークスとセイラに指示を下したシンノスケはミリーナを見る。
「ミリーナにはマークスとセラの補助を頼む」
「畏まりましたわ。シンノスケ様、こちらの席のグラスモニターを使用してもよろしくて?」
「その席は今のところミリーナ専用だ。自由に使用して構わない」
許しを得たミリーナは早速シンノスケが使用しているものと同じグラスモニターを装着し、副操縦士席の機器に接続した。
(仕事とはいえ、シンノスケ様とお揃いですわ。ちょっと・・いえ、物凄く興奮しますわね)
(そういえば、今のミリーナは額の目を閉じているが、第3の目を開いたらグラスモニターは役に立つのか?)
シンノスケとミリーナがそれぞれ余計なことを考える中、フブキは通常航路を外れて調査宙域に向かった。




