惑星リブリナ
惑星リブリナに降下したフブキは地上都市アレンダの港に接近した。
ヤンとクジラ談議に夢中だったセイラも貴重な惑星上の港への入港ということで通信管制員として経験を積むために本来の任務に戻っている。
「アレンダ港湾管理センター、こちらアクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦フブキ。リブリナへの物資輸送の業務を請け負っています。入港許可願います」
『こちらアレンダ港湾管理センター確認しました。入港を許可します。第2埠頭第5ターミナルに入港してください』
「了解しました。・・・シンノスケさん、入港許可下りました」
接岸地点を確認したシンノスケはフブキを海に着水させた。
アレンダの港は宇宙船と水上船の双方が乗り入れる港なので、港の管理区域内は宇宙船でも水上船と同じように海上を航行する必要があるためだ。
「規則とはいえ、宇宙船を水上に浮かべるなんて不思議ですね」
港に出入りする他の水上船を見ながらしみじみセイラが呟く。
「まあ、水の抵抗で速度は落ちるが、港を管理する側から見ればこっちの方が効率がいいんだ。もっとも、長く海上航行をしていると慣れない者は船酔いするかもしれないけどな」
「船酔い?別に揺れていませんよね?」
「それが落とし穴さ」
他愛ない会話をしながらアレンダの港へと入っていく。
アレンダの港は大規模な港でフブキの他にも多数の船が行き来しており、港の周辺にはリブリナに駐留するダムラ星団公国海軍の艦艇が警戒に当たっていた。
「単一国家の惑星なのに海軍がありますのね。それに、戦時中というのもあるのでしょうけど、やたらに警戒が厳重ですわ」
「そういえばそうですね」
首を傾げるミリーナとセイラ。
「惑星上に敵対勢力が存在しないからといって陸海空軍が必要ないというわけでもなく、防衛力としての軍隊は必要不可欠だ。例えば、付近に展開している戦闘艦は水上戦闘も可能だが、どちらかというと宇宙からの侵略に警戒の目を向けているんだよ」
「そういえば、ミサイル発射装置や主砲の仰角が高いですわね」
「ああ、惑星上の水に浮かんでいるからといって侮れないぞ。大気圏内に突入してきた敵艦を迎撃するのは勿論だが、惑星軌道上で敵艦と戦っている友軍を支援するのも彼等の重要な役割だ」
「海上から宇宙にいる敵を狙っていますの?」
「ああ、なかなかにおっかない存在だぞ。軌道上で目の前の敵艦と戦っている間に真下から攻撃を食らうんだからな。陸上の固定砲なら予め把握もできるが、水上艦艇は自由に移動するから厄介だ。軍隊にいた頃に訓練で酷い目にあったことがある。宇宙と惑星上から挟撃されて、部隊に余計な損害を受け、どうにか艦隊を退けて惑星降下したら空軍と海軍にメタメタにされた・・・」
シンノスケの言葉にミリーナとセイラは意外そうな表情を見せる。
「シンノスケ様でもそんな失敗をするのですね」
「意外です。シンノスケさんならどんな状況でも対処できると思ってました」
そんなことを言われたシンノスケの方が意外に思う。
「まあ、まだまだ経験が不足していた少尉だった頃の話だけどな。・・・ところで2人共、俺のことを物語の主人公みたいに思っているのか?そんなに凄い奴なら何度も船を壊したりしないし、あまつさえ沈めたりしないぞ?」
シンノスケの言葉にマークスが反応する。
「確かにマスターの士官学校の成績は優秀ではありません。平凡や落ちこぼれ寸前で後から覚醒するという要素もない『良好』という中途半端な成績ですからね。物語のヒーローというには面白みに欠けますね」
「おい、マークス!」
「まあまあ、私とマスターの仲ではありませんか。でも、私はそんなマスターを心から尊敬しています」
「1つ聞くが、お前の心ってどこにあるんだ?」
「さあ・・胸部にあるメインメモリーですかね?」
「おいっ!」
シンノスケとマークスのやり取りを聞いたミリーナとセイラが顔を見合わせた。
「それもそうですわね・・・」
「確かに、仕事は完遂しますけど、損害も多いですし・・・シンノスケさんは私を助けてくれたヒーローですけど、物語上のヒーローというには・・・」
「同感ですわ」
散々な言われようのシンノスケは議論を諦めて口を閉ざし、フブキを指定されたターミナルに接岸させた。
上陸したシンノスケ達を待っていたのは荷受け人のダムラ星団公国の製薬会社であるロックス製薬の担当者だった。
「お待ちしておりましたカシムラ様。このような状況下で私共の依頼を受けていただいて感謝します」
手を差し出す担当者にシンノスケも応えてその手を握る。
「それが私の仕事ですが、無事に到着できてよかったです」
担当者は頷くと背後にいる作業員達を見た。
「到着した早々で申し訳ありませんが、早速荷揚げの手続きを進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
シンノスケは頷くと担当者の端末に積荷である薬品原料の情報を送信すると共にマークスに荷揚げ作業の立ち会いを命じる。
「マークス、後を頼む」
「了解しました」
作業が始まったのを確認した担当者は再びシンノスケを見た。
「荷揚げ作業は2、3時間で終わりますが、その後の手続きに更に2時間程掛かります。作業は夕刻までには終わります。ところで、カシムラ様達は滞在先はお決まりですか?まだでしたら私共で手配しますが?」
担当者の申し出にシンノスケは首を振る。
「いえ、この後も仕事が控えていますので納品を済ませたら直ぐに出航する予定です」
「それは随分と忙しいことですね」
「自由商人が忙しいことは良いことですよ。もっとも、戦時特需のような忙しさは声高らかに良しとは言えませんが」
「それもそうですね。でも、直ぐに出航するにしても数時間は掛かります。どうでしょう、私共の事務所で休憩がてらお茶でもいかがですか?」
「そうですね、色々と話を聞きたいですし、ご馳走になります」
そう言って振り返るとシンノスケの背後に控えているのはミリーナだけ。
セイラはサンダースやヤンと共に海の観察に夢中だ。
「クルーの方ですか?随分と海に興味があるようですね」
「彼女は惑星降下が初めてですからね、海を見るのも初めてなんですよ。その上、ここに来る途中でクジラの群れを見ましたからね、海やクジラに心を奪われたようです」
話を聞いた担当者が笑う。
「そうでしたか。それでしたらあちらの方達は我が社のボートでクジラ見物にご招待しましょう。専門のレジャー業者のようなサービスは出来ませんが、クジラ見物程度ならばご案内できますよ?」
ロックス製薬の提案を聞いたセイラは跳び上がって喜んだ。




